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今年の冬場もガス価格上昇リスクは残るか
2023/5/17
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA)
ロシアのウクライナへの軍事侵攻とそれに対する制裁、ロシアの報復によって欧州がロシア産ガスを十分に調達できない状況に陥り、一時、欧州の天然ガスの指標価格であるTTFは、90ドル/MMBtuを超えた。現在の天然ガス価格は10〜13ドルと大きく低下している。
ガス価格の下落は季節性もあるが、供給面の障害が時間経過とともに解消しつつある影響が小さくない。昨年からの1年間で、欧州を巡るガス調達の状況は大きく変化した。欧州の主要なガス調達手段だったロシアからのパイプライン経由でのガス調達は、パイプライン輸送キャパシティの20%程度に低下したが、ロシア産ガスからLNGによる調達ヘのシフトが想定以上に速やかに進んだのだ。
出所:brugel
また、ラニーニャ現象の影響で記録的な厳冬になると予想されていたところが、北半球が記録的な暖冬となった影響は大きかった。これにより、欧州(EU19ヵ国※)のガス需要は直近データが取得できる昨年11月から今年の3月までの累計で、前年比▲13.2%、過去5年平均比では▲16.5%の大幅な減少となっている。ガスの主要用途は家庭での消費であるため、対ロシア政策への対応で暖房温度を下げるなどの家庭毎の努力もあったとは思うが、やはり暖冬による需要減少の影響が大きかったと言えるだろう。では今年の冬はどうか。今のところ米海洋大気庁の見通しでは5-7月にかけて67%の確率でエルニーニョ現象の発生が予想されている。
この時期の北半球のエルニーニョ現象の発生は、過去の傾向を元にすると赤道近辺が高温となり、アジア、北米、中東地区の気温が低下し、西欧州の気温上昇が起きることが多い。使用量の大きな北米とアジアの気温が上がらないのならば問題はないが、既にインドでは記録的な気温上昇が確認されており、近年輸入量を増やしているパキスタンやバングラディシュの夏場に向けたLNG調達需要が増加する可能性はある。また、中国南部は昨年から記録的な渇水に悩まされており、水力発電の代替熱源を確保する必要性が出てきている。基本的には石炭火力がバックアップとなるが、LNGも代替燃料としての需要が増加する可能性は否定できない。
また、それ以上に2023-2024年の冬が異常気象が発生しない平年並みの年になるならば、ガス需要は少なくとも「2022-2023年の冬よりも」増加する可能性が高いのだ。また、エルニーニョ現象発生後にラニーニャ現象が発生することも多く、厳冬となった場合には前回の冬と同様の調達リスクに晒されることになる。
※取得データの都合上、EU27とEU19のデータが混在している。
出所:米海洋大気庁、ICE
ロシアは削減可能なギリギリの水準までガス輸出を絞っているが、ウクライナの戦況次第では作為的な供給減少のリスクもつきまとう。これらの事実を考慮すると、今年の冬のガス調達の安定性に関しては疑問符が付かざるを得ず、アップサイドのリスクも意識せざるを得ないだろう。今年の後半に掛けて世界景気が減速する見通しの中、発電燃料価格の上昇は景気減速をさらに加速させるリスクがあるため引き続き気象状況には注意が必要だ。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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