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過去のイベントリスクを分析する(その3)
2021/8/25
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA)
これまで2000年までの金価格と金基準価格、リスク・プレミアムの関係について分析をしてきたが、ここまででわかったことは、金は1970年〜2000年まではイベントリスクや為替の変動の影響が非常に大きく価格に影響する商品だったが、時間経過とともに実質金利の説明力が高まってきた点だ。
弊社はこの四半世紀を振り返った時に金市場で起きた重要な出来事として、1997年に米国で物価連動債の取り扱いが始まったこと、2003年の金ETF、リーマン・ショックとその後の欧州危機を挙げたい。
物価連動国債はそのリターンが物価変動の影響を受けるもので、実際に「インフレヘッジ」に用いることができる商品である。これまで、年金や生命保険会社などの長期の運用需要がある投資家は長期のインフレリスクをヘッジする商品がなかった。いや、金を買えばいいだろうという意見もあろうが、これまで見てきたように金価格とインフレ率の間にそこまでの明確な相関性はなかった。金価格がその存在感を発揮したのは、ドルが何らかの構造的な理由で急落した場合(長く金市場で使われてきた表現を用いると、ドルの信用が低下した場合)、あるいは地政学的リスクが高まった場合などに金価格が上昇することが多かった。つまり、ポートフォリオに金を組み込んでも、投資の分散効果は期待できたが長期のインフレリスクヘッジには不向きだったともいえるだろう。また、運用ルールの制限から金を保有することができない投資家も多かったことも、金がインフレヘッジ商品として認知されなかった理由の1つと考えられる。そのため、このインフレヘッジのために物価連動債が用いられるようになった。別の言葉を使うと、投資家がインフレリスクをコントロールする手段を得たため、インフレリスクのコントロールを行おうとする市場参加者が増えた、ともいえる。そうなると、インフレの目安ができるため金も投資対象になりやすい。
出所:MRA
2003年3月28日に豪州で取り扱いが始まった金ETFの登場も、金市場に非常に大きな影響を及ぼした。金ETFは裏付けに金を保有する上場投資信託である。有価証券の形式であるため年金資金をはじめとする機関投資家が投資しやすくなった。また少額でも取引可能で株取引の口座を保有していれば誰でも投資することができるため、個人投資家の参入も加速した。金ETFは株式市場に滞留している資金の金市場への流入を促す、パイプ役になったといえる。この結果、元々金に興味を持っていた市場参加者の金投資が加速、金価格を押し上げることに一役買った。なお、このETFの特徴は必ずしも現物調達を目的としない先物市場への資金流入と異なり、金現物を裏付けとしているためこの商品に投資が行われると実際に現物市場で金が購入され、現物の需給バランスに影響を与えるという点である。現在の金価格の上昇は根雪のようにこのETFが積み上がっていることによる。また、前述の物価連動債の取り扱いが浸透していたこともあり、「代替のインフレヘッジ資産」としての認知度が徐々に高まったことも価格上昇に寄与したといえる。
そしてその後、リーマン・ショックが起きた。これによって信用リスクが拡大、欧州諸国の財政不安、場合によるとユーロが崩壊するのではとの不安感が高まり、さらには米国債までデフォルトの可能性があることが市場参加者の間で意識されるようになった。米国の物価連動債の安全性はその他の国の債券と比べれば高いものの、米国の信用力で発行しているためデフォルトして換金できなくなるリスクはゼロではない。そのため、発行体の信用力と関係なく、本来は通貨として用いられていた金が再び着目されることになった訳だ。金をはじめとする実物資産は、それ自体が「本源的な価値」を有するものであり、世の中から本当に不要と判断されない限り価値はゼロにはならない。そのため、何かしらのリスクが発生する局面に備える必要性が高まる局面では、物価連動債よりも金が対象として選好されることになる。この物価連動債のパフォーマンスに対する上乗せ部分がこれまで説明してきた「リスク・プレミアム」である。
このように、初めは「リスク回避のための安全資産」という色彩が強かった金であるが、時間経過とともにインフレで説明可能な部分、それ以外の部分の色分けが明確になった。別の言葉を使うと、価格構成要素を分解することが可能になったため、数十年前とは異なり「パフォーマンスを計算することが可能になった」「価格をより論理的に推測できるようになった」といえる。現物を調達しなければならない実需家にとっても、機関投資家・個人投資家にとっても、以前に比べて計算がしやすく、取り組みやすい商品になったということは、同時にポートフォリオに組み込みやすくなったともいえるのではないか。
ただしここまでの分析は、「金の実需の比率は投機の比率よりも圧倒的に低く、金融政策やその他の市場動向の影響が大きい」という状態を前提にしたものであり、この状態が崩れれば新たな要素を加えて分析手法を再考することが必要になる。例えば、IT化が進めばエレクトロニクス製品の接点部品としての金需要が増加することになり、需給環境が大きく変化し、価格に対する「景気の好不況」の説明力が増すこともあり得る。この場合、景気がよくなると需給がタイト化して価格が上昇、景気が減速すると価格が下落する、という一般的な工業金属と似たような値動きになることが想定される。
今後も継続的に、金価格に対する影響を要素別に分解して検討することは重要である。少なくとも「ポートフォリオに長期に入れておいて、何もしないで放っておいてよい商品」ということではない。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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