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長期の穀物供給リスク
2023/12/20
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA)
2020年から始まったコロナ危機は世界の物流やサプライチェーンの脆弱さを明らかにし、ロシアのウクライナ軍事侵攻は「重要資源の供給能力が特定の国に偏っていること」を示した。また、100年後の持続可能な社会を目指したとして、コロナショック以降に加速した脱炭素の流れにより、食品として用いられてきた農産品がエネルギーとして用いられる動きが強まっている。
先般、国際連合食料農業機関(FAO)が経済協力開発機構(OECD)と共同で発表した今後10年間の世界の農業市場見通しでは、人口増加や所得増加に伴い食料品の需要・穀物の需要が増加するが、供給能力の改善によってむしろ価格は下落すると予想している。この背景には、新興諸国で生産効率の悪い低・中所得国の畜産業の集約化が起こり、生産性が改善する一方、先進国では畜産需要の伸び鈍化と生産性の改善継続によって、飼料向けの需要の伸びがこの10年比で緩やかになることが挙げられている。また、バイオ燃料向けに用いられてきた穀物が、森林伐採などの別の環境破壊をもたらしているような場合、使用が制限される見通しであることから、バイオ燃料向けの油脂類の需要の伸びもこれまでの想定よりも緩やかになることも要因として挙げられていた。
食料問題はいつも「人口増加で不足する」と言われる。しかし、1961年以降の穀物需給のデータを見ると、主要穀物に関してはほとんどの年が供給過剰になっているケースが多い。穀物を含む食品が不足するのは恐らく、物流や保管能力の制限、あるいは専制国家の一部で十分に国民に食品を供給していないことなどが背景にあると考えられる。実際、過去10年間の主要穀物+大豆の需要の伸びを国連データを元にした人口の伸びと比較すると、10年間の前年比増加率平均は、人口増加率が1.0%であったが、小麦は1.4%、コメは1.0%だった。一方大豆とトウモロコシは各々、3.3%、2.3%となっており、人口の伸びよりも明らかに高い。これは、小麦やコメが各地で主食として用いられる以外の需要が、大豆やトウモロコシなどよりも高いことが背景にあると考えられ、特に大豆、トウモロコシは上述のバイオ燃料向け需要が顕在化したほか、新興諸国の近代化に伴う食の西欧化により肉食が増加し、飼料向けの需要が増加した影響が大きい。
データを全ての主要穀物について取得できた1963年以降の長期の平均では、人口伸びが1.5%、小麦は2.0%、コメは2.1%、大豆が4.4%、トウモロコシが2.9%であり、全ての穀物の需要の伸びが鈍化している。これは近代化が進む中で世界的に少子化が進むため(近代化が進むとより高い学歴を志向するようになり、教育費の高騰から経済的に少子化が進むとされる)、人口の伸び率が鈍化していることが需要の伸びに下向きのバイアスを掛けているためと考えられる。
FAO-OECD見通しの通りバイオ燃料向けの需要が減少するのであれば、恐らく今後も農産品の供給は十分であり価格にはやはり下向きのバイアスが掛かることになろう。恐らく、価格が高騰するのはFAO-OECD見通しが想定していない(リスクシナリオとしている)異常気象の発生や、サプライチェーンの寸断、今回のような戦争勃発の影響で供給が意図的に制限されるような場合に限定され、恐らくこれも過去の例を見れば長期にわたるものにはならなさそうだ。
しかし、農産品の供給の増加動向を見ると収穫面積の拡大よりも、単収の改善に拠るところが大きい。上記と同様、直近10年の内訳を見ると、生産量は24.7%の増加となっているが、収穫面積は8.5%の増加に止まる一方、単収は14.9%の増加となっている。これは、遺伝子組み換えやより効能の高い化学肥料、農法の開発などの影響が大きいことを示している。ただ、今の脱炭素、環境重視の流れが続くなら化学肥料も使用に制限が掛かり、遺伝子組み換え食品に関しても何らかの規制が掛かることも想定されるためこのまま単収の改善が続くかは不透明である。
出所:FAO、USDA
また、そもそも土地自体が有限であり不足する可能性も十分に有り得る。例えば、これまでパーム油を生産するためにインドネシアの森林が伐採され、深刻な生態系への影響が指摘されている。一度失った森林を元に戻すのはそれこそ百年単位での投資が必要になってくるため、今後、燃料を求めるための森林伐採や開拓などにも規制が掛かるのではないだろうか。この問題を解消するためにはバイオ燃料などへの過度な依存を見直し、土地に関係なく生産が可能な屋内栽培の能力拡大なども重要な選択肢となるのではないか。ただ、その場合のエネルギー確保の問題は常に付き纏うため、化石燃料や水力、原子力などの従来型のエネルギー供給能力確保も重要な課題になると予想される。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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