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金価格高騰のリスク
2023/10/25
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA)
前回のレポートでは、金価格が急落している背景について解説した。原稿執筆は10月6日時点だったため、まさにハマスがイスラエルに対して攻撃を仕掛ける直前の脱稿であり、その後、市場環境は大きく変化した。結論から先に言えば、仮に今回の戦闘がイスラエルとハマスの対立によるものであり、その他の地域や国は全く関与しない、という形で収束することが可能であれば金価格は水準を切下げるだろう。ただし、米政策金利引き上げによる、金の基準価格の低下以上に、その他のリスクの押し上げ効果が大きいため、逆説的であるが米国が利下げに転じ、信用不安などが解消するまでは高値を維持する展開が予想される。しかし、今回の対立がイスラエルとハマスの問題ではなく、イスラエルとパレスチナの問題、もっと言えばイスラエルとアラブ諸国(+イラン)、親イスラエル国と反イスラエル国、という対立の構図になってしまった場合、さらに安全資産需要が高まるため、金価格は高止まりすることが想定される。
昨年2月のロシアのウクライナに対する軍事侵攻や今回のイスラエルとハマスの問題は、50年前に起きた一連の中東情勢不安と状況が似ている。50年前は、1971年のニクソン・ショック以降の市場混乱。戦後、欧州復興のマーシャル・プランの下、欧州は米国向けの輸出を増加させてドル流通量が増えた結果、金とドルの固定相場での交換性を終了せざるを得なくなり(詳しくは2021年1月27日付け「過去のイベントリスクを分析する(その1)」をご参照ください)、各国通貨が上昇して経済が混乱、さらに中東では戦争が勃発して資源インフレが発生、安全資産需要が高まる形となった。そしてその後は中東で戦争が相次ぎ金が物色され、さらにはこれまで売られていたドルが買い戻される中、今後は「協調してドルを下げる目的のプラザ合意が成立、ドルが大幅に下落して再び金が物色される流れとなった。
有事発生の時に金価格が上昇することは過去にも見られたが、日次データが確認可能な1975年以降のデータを対象に日次の価格変化が大きい日をピックアップしてみると、今回のイスラエルとハマスの対立発生時の金価格上昇率は+3.4%と、1,251データ中(本稿執筆時点で取得可能なデータ数)255位と、かなり上昇率では上位に分類されるものの、そこまでの上昇とは言えない。2000年以降では、リーマン・ショック発生後の9月17日の+11.2%の方が遙かに大きい(なお、リーマン・ショック発生時、金価格はほとんど反応していない。そして反射的に物色された後、FRBによるQE実施によって市場の機能不全が解消、下落に転じている)。あとは1999年9月にECBと欧州各国中央銀行14行が共同声明の形で発表した第一次ワシントン協定(金の年間売却を今後5年間、協調プログラムの下で行い、年間売却量を400トン、合計2,000トンを超えないこと、とした協定)が発表された後の1999年9月28日の+9.9%を除けば、価格上昇率が高い日のほとんどが1980年代であり、この時期はイラン革命後のイランと米国の対立、イラン・イラク戦争、ソ連のアフガニスタン侵攻があった頃だ。その頃との比較感では、足下の金価格の動きはまだ落着いていると言える。
出所:CME
価格の「上昇幅(額)」で見て見ると、上位はやはり1980年代が多く、最も上昇したのが1980年1月18日の85ドル、2位はリーマン・ショックで84ドル、3位はコロナ・ショックで株が暴落した2020年3月24日となった。そして少し順位が飛んで、6位がシリコンバレー銀行が破綻した2023年3月17日で70ドル、今回のイスラエル・ハマスの衝突はこれに次ぐ7位の上昇幅で64ドルだった。つまり、現時点においてはシリコンバレー銀行破綻による信用リスクの方が、市場では大きなリスクと捉えられているということである。
しかし、50年前と比較すると戦争(紛争)が相次いで発生し、ドルの価値もコロナ前後の金融政策動向で乱高下する中、ロシアに対するドル決済禁止の制裁が新興諸国や米国と対立する国で強まっていることを勘案すると、今回の紛争が一時的・局地的なものに止まらない可能性は残念ながら意識せざるを得ないリスクと言える。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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