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2024-10-11 01:14:48

穀物を武器にするロシア

2023/8/9
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA)

7月18日にロシア政府はウクライナ産の穀物を黒海経由で輸出する「黒海穀物イニシアティブ」を西側が契約を遵守していないとして延長停止を通知、さらに黒海をウクライナの港に向かう船舶は軍需物資を運ぶ船舶として攻撃対象とする可能性を示唆した。

ウクライナは黒海の穀物運搬に制限が掛かる中で、同国産の穀物を陸路を通じてルーマニアやポーランドを始めとする東欧諸国に運んでいた。しかし、その結果、東欧地区の穀物需給が緩和、価格下落を引き起こし、これらの地域の農業従事者から反発の声が上がった。

実際、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、スロバキア、ブルガリアの5ヵ国はEUに対してウクライナ産の穀物禁輸措置を要請、EUも5月にこれを承認している。ただ東欧5ヵ国が禁輸を決定することまではロシアも想定していなかっただろう。このウクライナ産穀物の禁輸措置は9月15日が期限となる。

この状況を踏まえ、ロシアは黒海合意への復帰の条件として、

1.SWIFTヘの再加盟
2.ロシアヘの農業機械とスペア部品の輸出再開
3.ロシアの船舶ヘの付保制限の撤廃
4.ロシアとウクライナのオデーサを結ぶアンモニア輸出パイプラインの復旧
5.ロシアの肥料会社の凍結解除

を上げている。黒海合意の離脱はロシアが食品を武器として用い始めたことを示唆しており、恐らく今年の秋の収穫が期待通りにならない場合、より強硬姿勢を強めると予想される。


そして7月24日、ドナウ川中流の川沿いのレニ港とイズマル港がロシア軍のドローン攻撃を受け、穀物貯蔵施設が破壊された。これらの港まで陸路で輸送された穀物はドナウ川を下り、黒海のコンスタンツァ港から海外に輸出されていた。

しかし仮にここが稼働しなくなった場合、上述のように東欧諸国が輸入を拒む中では、ウクライナ産穀物を陸路で輸出することも困難になるため、ウクライナにとっては大きな打撃となる。

報道では、レニ港ヘの攻撃で一部の設備が破壊されたが現在フル稼働しており、ロシアのウクライナ産穀物輸送阻止戦略は失敗に終ったようだ。しかし、今回の攻撃の影響の大きさを勘案すると、ロシアが再びウクライナの港湾設備を攻撃する可能性は低くない。


今回のレニ港、イズマル港ヘの攻撃の影響は加味されていないが、直近7月の米農務省の需給見通しを元に、今回のウクライナ産小麦の輸出減少の影響を見てみよう。

2023-24穀物年度の世界の小麦需給は、輸出入を調整したベースで前年比+596万トンの7億9,945万トン、生産は+647万トンの7億9,667万トンが見込まれており、需給バランスは▲278万トンと4穀物年度連続の供給不足となる。

輸出需要を含めた需要を期初在庫の水準も含めた供給で割って算出される需給率も79.1%と前年の78.8%から上昇が見込まれており、自然体でも価格には上昇圧力が掛る展開が予想される。

ウクライナからの穀物は、ロシアの軍事侵攻以前はほぼ全量が海上輸送で輸出されていたが、仮にロシアの海上封鎖が成功し海上輸送が完全にできなくなった場合、東欧5ヵ国向けの輸出も実質的に海外への輸送ルートが制限されるため、グローバルには需給ひっ迫要因となる。

仮にウクライナの穀物輸出が完全に停止した場合、過去10年程度のデータを元にした需給分析では、平均価格は0.5ドル程度の上昇要因となる。

かつて1割程度まで輸出シェアが上昇していたが、今年の見込みでは5.0%程度まで輸出市場でのシェアが低下しているため、影響は限定されると考えられるが、この状況が長期化すれば東欧の不満も高まり「新たな地政学的リスク」が高まる怖れもある。

例えば、黒海周辺の作物が北アフリカ・中東向けに要求されず、エルニーニョ現象の影響で不作の可能性が出てきた同地域で暴動が発生する、などだ。

一般にラニーニャ現象が終了し、エルニーニョ現象が発生している年は供給に問題が生じず、価格が下落することが多いが、今年はこのような地政学的リスクが秋冬の穀物価格を押し上げる可能性がある点は、十分注意しておく必要があるだろう。

株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)

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