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ロシア軍事侵攻の金価格ヘの影響
2022/2/24
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA)
金価格が上昇している。ロシア・ウクライナ情勢不安を背景に安全資産需要が高まっていることが背景にあるが、それ以外の要素であり、金価格に対する説明力が高い実質金利動向は着実に金の基準価格(実質金利で説明可能な金価格)を押し下げている。弊社は「比較的」地政学的リスクの影響が大きくなかった2016年を基準年として、そのデータを元に回帰分析を行い、金価格を実質金利で説明可能な価格とそれ以外の要因に分解している。実質金利で説明可能な部分には世に言う「インフレヘッジ」の要素が含まれる。というのも、実質金利は名目金利(この場合説明力の高い期間10年の米国債利回りを用いている)と期待インフレ率(同10年)に分解でき、いわゆるインフレ要因はこの期待インフレ率に相当するためだ。つまり、広く言われる「インフレ」になっているため金価格が上昇する、という仕組みはこの期待インフレ率が名目金利を上回るペースで上昇する場合を指す。
リスク・プレミアムは実質金利と金価格の回帰分析を行い、それによって得られる金の予測値と実際の価格の差として弊社は定義しているが、上述の通りインフレ以外の要素で金の需要が増加していることを意味する。このとき、ハイテク製品向けの金需要の増加や、鉱山のストライキによる供給不足ということももちろん要因にはなるものの、高い流動性が確保されている商品であるため、先日のコロナ・ショックで「COMEX金の受渡し基準を満たす金の現物が供給できなくなった」といったことでもない限りはそれほど現物の実際の需要・供給が価格を動かすことは多くない。コロナ・ショックの時は米国で受け渡し基準を満たす現物が物流の問題で確保できず、米国の金価格が急上昇した。これはインフレとは関係ない価格上昇である。
出所:CME
コロナ・ショック時のリスク・プレミアムは2020年3月18日頃がピークで、ニューヨーク引けベースで346ドルに達している。しかし、現在の金のリスク・プレミアムは2022年2月18日時点で402ドルとこの時の水準を大きく上回っている。ロシアの軍事進攻への懸念が具体的に強まったのは年明け以降で、年末のリスク・プレミアムの水準は145ドルだった。これが現在まで250ドル程度上昇しているのだ。ちなみに現在の水準は2013年にシリアが化学兵器を用いそれに対して軍事介入が意識された時の水準である343ドルを上回っている。その時は、米露がシリアの化学兵器を国際管理するロシア側の提案を米露が具体化する枠組みで合意したことで収束した。
前回クリミア半島を併合した時もリスク・プレミアムは上昇したがこのときも制裁は行われたものの、今ほどの緊張感はなく政府高官への制裁とG8から除名、といった程度の制裁しか行われず、リスク・プレミアムも200ドル程度までしか上昇していない。今回は、すでにドネツク・ルガンスク両地域への軍派兵を行っている。しかしロシアのロジックでは「ロシア領内の治安維持」であり、前回のクリミア半島併合時と変わらない。そのためまだ顕著な価格上昇にはなっていない。
出所:CME
今回もロシアとウクライナ・欧米が合意して軍事対立がなくなれば、おそらく過去5年平均程度までリスク・プレミアムは低下することが予想される。過去5年平均程度のリスク・プレミアムとは185ドル程度であるため、現在の水準から▲200ドル程度は下落する余地があるということになる。現在の水準を基準にすれば1,700ドル割れとなる。
なお、米国の金融引き締めペースの加速、それに伴う新興各国の利上げや金融引き締めで財政状況が苦しくなり財政不安が意識される可能性があることを考えると、ここまでのリスク・プレミアム低下にはならないことも想定される。米国債の格下げや欧州債務危機が発生した2011年8月に記録した574ドルがこれまでで最もリスク・プレミアムが拡大した時だが、金の特性上、債務危機の場合に最も安全資産需要が高まりやすい。しかし、今回(当然ではあるが)、G20財務省・中央銀行総裁会合で「慎重な金融正常化で協調」することを確認しているため、類似の危機発生リスクは低いと思われる。
仮にロシアの軍事侵攻(今回の市場の反応をみるに、キエフへの侵攻を市場は「軍事侵攻」と見なし、ドネツク・ルガンスクヘの派兵は軍事侵攻と整理していないようだが)が発生した場合は恐らくこの574ドルが1つの目安となり、金価格は現在から150ドル程度上昇、2,100ドルを伺う動きになるだろう。そしてロシアの軍事侵攻は少なくとも欧州と周辺地域の景気を悪化させることが予想されるため、欧州や周辺新興諸国の財政不安を高め、2,000ドルを超えることも考えられる。ロシアの軍事侵攻次第だが、金価格は当面、1,700ドル〜2,000ドルで推移するのではないか。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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