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過去のイベントリスクを分析する(その1)
2021/1/27
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA)
これまで、米10年実質金利が金価格に対して説明力が高いことを説明してきた。しかし歴史を紐解くと、米10年実質金利と金価格の間に高い相関が常に確認されてきたわけではないことがわかる。今回はこれまで説明したフレームワークで分析を行った場合、過去の相場急変の時に「何の影響で」相場が大きく変動したかを考察してみたい。こうすることで、今後、類似のイベントリスクが発生した時に何が発生するか?を推測することが可能になる。
非常にざっくりだが、金価格の振る舞いが大きく変わったイベントは、1971年8月のニクソン・ショック、2002年以降の中国の国際市場への参入、2003年の金ETFの登場、が挙げられる。弊社としてはこの3つのイベントが、近年、金価格動向を分析する上での転換点になったイベントであると整理している。
1971年8月15日のニクソン・ショックの説明をする前に、金本位制について少しふれておきたい。金本位制とは金を通貨の価値基準とし、一定レートで金と通貨を交換できることを国が保証する制度である。これは第一次大戦前に英国で導入された制度だが、戦争の影響で制度持続が不可能になったため通貨の発行量を中央銀行が調整する、管理通貨制度に移行した。しかし第二次大戦後は戦後の貿易促進の観点から通貨制度の整備が必要との考えから金とドルを基軸通貨に据える方針がとられた。これは第二次大戦中の戦費調達の目的で各国が大量に金を米国に売却していたため、米国が非常に潤沢な金準備を有していたことが背景にある。これをブレトンウッズ体制と呼び、金は1オンス35ドルの固定レートでドルと交換することが決定された。しかし、冷静に考えれば分かることだが、金を保有していなければ通貨の供給量が制限されることになる。
第二次大戦後、米国は「マーシャル・プラン」という欧州復興支援計画を実施する。これによって経済が復興した欧州から米国への輸出が増加した。米国への輸出が増加するということは国際市場へのドルの供給量が増加することを意味する。また、第二次大戦後、米国は朝鮮戦争とベトナム戦争という2つの大きな戦争を経験するが、特にベトナム戦争の長期化による軍事費の負担がさらにドルの海外への流出を招くことになる。その一方で金とドルの交換レートは35ドルで固定されているため、大量に流通したドルを金に交換する取引が加速、米国の金準備は急速に減少した。1950年には20,279トンあった米国の金準備は、金とドルが兌換停止となる直前、1971年7月には9,289トンまで減少した。前述の通り、金とドルの交換レートを35ドルで固定したままだと、相当な量の金現物を保有していないと制度の維持が不可能である。その後、1971年8月13日に英国が30億ドル(2,666トン相当)の金交換を要求、米国はこの金の支払い要求に応えることができず、8月15日にニクソン大統領がドルと金の固定価格での兌換停止を決定するにいたった。このドルと金の兌換停止のことをニクソン・ショックと呼ぶ。
その後、金価格は上昇することになるのだが、この頃の金の値動きをこれまで分析に用いてきた、基準価格(実質金利で説明可能な価格)とリスク・プレミアムに分解してみるとどうなるだろうか。この頃は米国で物価連動国債が取り扱われていないため、消費者物価指数(総合指数)の前年比上昇率を疑似的に期待インフレ率としている。グラフの緑色の面グラフが実質金利で説明可能な部分、オレンジ色の部分がリスク・プレミアムで説明可能な部分であり、この2つの面グラフを積み上げたものが金価格となる。この分析は、1969年の実質金利を元に回帰分析をしているため、年限が近い1970年の金価格に対する実質金利の説明力が高いのはある意味当然であるが、もしこのときの価格の関係性が崩れていなければ、1973年でも金価格の構成要素の大半は金基準価格になるはずだ。しかし結果は以下の通りで実質金利の説明力は時間経過とともに低下し、分析対象期間の後半はほとんどリスク・プレミアム要因で変動していることがわかる。
では、このリスク・プレミアムは何の影響で上昇していたかといえば、「ドルの減価」である。グラフはドル指数と金価格の推移であるが、実質金利よりは説明力が高いことがわかる。ちなみに1970年から1973年末までの両者の価格相関は▲0.95であるのに対し、実質金利の説明力は▲0.37に留まる。これはひとえに、ドル兌換性が終了してドルの「適正価値」への修正が起きる中、本源的な価値が変化していない金のドルベースでの価格修正が起きたためである。金市場でのキャリアが長い方が「金価格上昇はドル不信によるドル逃避」と表現するのはそのためである。実際、このコラムでも指摘しているように、実質金利の説明力が高まったのはこの20年程度の話であり、ブレトンウッズ体制からその崩壊までの過程を見れば、ドルの信認・不信任で価格が動いていた時間の方が長かったといえるだろう。ただ、金価格がドルベースでの適正価格に収れんしていく中ではドル信任の低下、という表現は不適切だろう。
今後、ドルへの不信任が高まり、本当の意味でのリスク回避の動きが強まるとするならば、第一段階としてリスク・プレミアムの金価格に対する説明力が、実質金利の説明力を上回る必要がある。ただ、2020年9月以降の価格動向を分析すると、ドル指数の変化の説明力の方が高くなる局面が散見されるようになってきた。直ちにドル不信が高まり、ビットコインなどの暗号資産やその他の通貨へのシフトが起きるとは考えていないが、過去の出来事を勘案するとその可能性も排除しない方が良いだろう。
※あと数回、このコラムで過去のリスク・プレミアム動向について解説をする予定です。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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