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原油価格から乖離して上昇する期待インフレ率
2021/1/20
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA)
このコラムでは主に金・銀・プラチナについて解説しているが、これまで見てきた金価格の決定式の構成要素の中にある「期待インフレ率」は原油価格に影響を受けている。今回のコラムでは、期待インフレ率と原油価格の関係について深掘りしてみたい。
(金価格の決定式)
金価格=「米10年国債利回り」要因−「米10年期待インフレ」要因+「リスク・プレミアム」要因
原油は産業活動に用いられ、その価格の上昇は様々な商品のコストアップにつながり、コスト面でインフレを助長する。実際、原油価格とインフレ率の間には高い相関性がある。グラフは米国の各種物価指数とWTIのグラフだが両者の間に相関性があることが分かる(ただ、物価指数算出の構成要素にWTIを初めとする石油製品が含まれている米消費者物価指数以外は、そこまできれいな相関性が確認されている訳ではない。これは生産者がエネルギーコストの上昇分を消費者に転嫁することが、必ずしも可能ではないことによる)。このような関係を背景に、結果的に10年期待インフレ率と原油価格の連動性は高まることになる。
しかし、下のグラフに出てくる物価指数は「経済活動の結果としての物価上昇率」であるため市場参加者が何かコントロールができる類いのものではない。これに対して10年期待インフレ率は、投資家が投資可能な10年物価連動債と10年国債の利回りを元に算出されるため、市場参加者の将来期待や思惑で変動することになる。ある意味作為的な指標といえ、市場参加者の「景気への期待」が過剰に高まる局面では、WTI以上に期待インフレ率が上昇することが起こり得る。
これまでのWTIと10年期待インフレ率の推移を見てみると両者の間には高い相関性が確認されるが、期待インフレ率が原油価格を上回って上昇しているケースが散見されている(関連記事2020年12月23日付マーケットレポート「2021年金・銀価格は軟調も高値圏維持か」)。そのため、どの程度、WTIから期待インフレ率が乖離しているのか、何が原因で乖離しているのかを考えるのは、今後の金を含む貴金属価格動向を占う上では重要なポイントとなる。
現在の期待インフレ率は、その判断基準となるWTIの価格と比較してどの程度乖離しているのか。このコラムで金と実質金利の関係分析の基準年としている2016年の期待インフレ率とWTIの価格データを元に、回帰分析を行って予想期待インフレ率を算出、実際の期待インフレ率と比較すると、実際の期待インフレ率が31bp、予想期待インフレ率よりも高かった(原稿執筆時点の水準)。これは2016年11月9日と同水準だ。2016年11月9日は、トランプ候補が勝利を確実にした翌日である。このときトランプ候補は今後10年で1兆ドルのインフラ投資を実施することを公約にしてきた。そもそも米国のインフラは老朽化が進んでいるものも多いため、安全面からも公共投資実施はこのタイミングでは好意的に捉えられていた。
その後、トランプ大統領が相次いで閣僚を解任するなどの政権人事、共和党議会との調整が難航するなどの混乱が見られ1兆ドルインフラ投資は実施されず、2017年末にようやく税制改革法案を成立させるに止まった。結果、期待インフレ率が低下することでこの過剰な乖離は解消する。つまり、時間は掛かったが、実態にそぐわない期待インフレ率の乖離がWTIで説明可能な水準まで調整した、と言うことだ。もちろん、期待インフレ率はそのままで原油価格が上昇してこの差を埋めることはあり得るが、「政策のアドバルーン」で持ち上げられた期待は実現しなければ実態経済には影響が出ず、原油の価格も上昇しないと言うことだろう。
この間の金価格は、大統領選挙後の長期金利の上昇が実質金利の上昇を上回ったため2016年末に掛けて下落、その後、長期金利の低下ペースが実質金利の低下ペースを上回ったため、緩やかに上昇したが、2016年11月〜2017年末の範囲ではレンジワークだったといえる。
では今回はどうか。顕著な期待インフレ率の原油価格からの乖離が見られ始めたのが、トランプ政権がコロナ対策に失敗し、バイデン政権の誕生機運を高め、さらにバイデン候補が気候変動対策に4年間で2兆ドルを投資すると発言したあたりからだ。公共投資が主導して期待インフレ率が上昇する流れは前回選挙の時とほとんど同じである。ただ、2016年はFRBによるテーパリングと利上げが行われている最中だったが、現在は米金融当局がけん制する動きをしているため、実質金利が顕著なマイナスの水準で推移している点が大きく異なる。そのため、金の絶対価格水準は2016年よりも現在の方が遙かに高い。
先行きについては、実際にバイデン政権が公約を達成できるかどうかにかかっている。仮に達成できれば景気も回復し、原油価格が期待インフレ率との乖離を埋めて上昇することが予想される。しかしこの場合、現在の期待インフレ率の水準が維持されるとするとWTIは80ドルまで上昇しなければならなくなる。弊社は年末に向けて原油価格が上昇すると見ているが、60ドルは強い抵抗線として意識されること、現在の需要の回復動向、OPECの生産動向を見るに80ドルまでWTIが上昇するのは難しいと見ている。となると、やはり過剰に積み上がった米政権への政策期待が剥落する中で、期待インフレ率が低下すると考えるのが妥当だろう。仮に現在の予想10年期待インフレ率からの乖離分である30bpが解消され、原油価格との乖離を埋めるとすれば、過去の価格感応度を見ると期待インフレ率±1bpの変化に対して、金価格は±2.6ドル変化するため、▲78ドル程度の下落要因になると予想される。
今回のコラムで解説させていただいたように、原油価格動向を占うことは、金価格動向を占う上で非常に重要である。2021年は米政権も交代し、中東情勢も不安定化することが予想されるため、原油価格動向が貴金属価格に大きな影響を及ぼすと予想される。今後、このコラムでは折に触れて、貴金属価格動向分析に必要な原油価格動向についても解説したいと考えているので、参考にしていただければ幸いだ。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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