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リスク・プレミアムの分析
2020/11/25
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA)
これまで金価格の決定要因とその仕組みについて解説してきたが、今回はリスク・プレミアムについて検証してみたい。
まずこれまでの整理だが、金価格は以下の式で説明される。ドル建て商品であるため同時に為替の影響も受けるが、為替自体が欧米の実質金利格差で変動するため、為替の影響はある程度この実質金利要因に内包される。しかし、何かしらの理由でドルへの不信が高まる(/信認が高まる)、ユーロへの不信が高まる(/信認が高まる)といった金利以外のイベントが発生して為替が変動した場合、実質金利要因とは関係なく価格が動くことになる。そのためそうした突発的な為替の変動による金価格の変化は、この3要素のうちの「リスク・プレミアム」の部分に含まれる、と整理するのが妥当だろう。もちろん回帰分析を行って為替の要素を抜き出し、
金価格=米10年名目金利要因−米10年期待インフレ率要因+リスク・プレミアム+為替要因
としてもよいが、特に市場が変わったリーマンショック後以降の価格相関を考えると、為替要因の説明力がそこまで高くなく、分析が煩雑になるためしばらくはリスク・プレミアムの中に含んでしまっていても問題はないと考えている。ただ、前々回のコラムで足元、為替の金価格に対する説明力が高まっていると説明した通り、今後、為替の影響度が高まる可能性はある(過去、この影響が高まったケースがあったがこれは今後、このコラムで解説の予定)ためこの数式は、定期的に見直しをしていく必要がある。
リスク・プレミアムを考える上では実質金利と金価格を比較する期間を設定することが重要になる。そしてその期間を選定したのち、対象期間のデータをもとに回帰分析を行ってリスク・プレミアムを算出する。ただ読者の方がその作業をするのは負担だと思うので、下のグラフでグラフのスケールを調整し、同じ動きになっている期間を基準として、この実質金利から上振れしている部分がリスク・プレミアムとして認識する簡便法を用いてもよいかもしれない。
過去グラフや過去に発生したイベントを考えると、2016年が「比較的」ほかの年と比べて政治的なイベントが少なかった年だったと考えられるため、弊社がリスク・プレミアムを算出するときは、現在は2016年を基準に行っている。地政学的リスクイベントとしては、2016年は北朝鮮が2回、核実験を行っており2015年のほうが適切かもしれない。しかし、この年は市場全体への影響が大きい株式市場で上海株ショックが発生したことから、弊社は2016年を採用している。どの期間を回帰分析に用いるかは分析者の主観に依拠し、その分析の目的にもよるため可変であり、仮に皆さんが分析を行うなら、ご自身が納得できる年や期間を対象に分析していただいても問題はない。重要なのはその基準で出てくる結果をどのように判定するかだろう。
2007年以降のデータを見ていると、実質金利で説明可能な水準から実際の金価格が上振れしていることがわかる。つまり、リスク・プレミアムが大きかったということだ。この時期はリーマンショックが引き金となって各国の財政・信用不安が高まった頃である。特に2009年10月にギリシャでパパンドレウ新政権が誕生し、過去の政権時代に行われていた財政赤字の隠ぺいが明かになった。この不正問題を皮切りに信用不安がその他の欧州にも波及、とりわけ財政状況が厳しいとされていたPIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)のデフォルトリスクが意識されるようになり、いわゆる逃避需要が高まった。国家のデフォルトリスクは信用リスクの中では最も規模が大きいものである。
この場合、資金は安全資産に向かう。安全資産とは「いくばくかのコストを支払えば換金が可能な資産」のことを指すが、代表的なものでは金や米国債が挙げられる。しかしこのときはリスクの発生源であった米国の財政状況も悪化し、2011年8月5日、米格付け期間S&Pが米国債の長期発行体格付けをAAAからAA+に引き下げた。これにより信用不安が高まり、「安全資産だったはずの米国債もデフォルトの可能性がある」と意識されたことで金価格は上昇、2011年8月22日には実質金利からの乖離幅が574ドルに達した。その後、欧州危機が沈静化する中でこのスプレッドは縮小した。
スプレッド急騰後、しばらく実質金利から大きく乖離して金価格が取引されることはなかったが、北朝鮮が核実験を行った翌年2017年頃から北朝鮮のミサイルによる挑発がエスカレートし、米国が主体的に動かざるを得なくなった。場合によると軍事衝突も、という市場参加者も出始めたため「米国以外の資産」を求める動きが強まったと考えられる。その後、在イスラエルの米大使館をエルサレムに移転したり、米中の通商戦争が開戦となったり、英国のEU離脱を巡る混乱が発生したりと信用リスクに直結しかねないイベントリスクが顕在化したため、金のリスク・プレミアムは上昇、現在285ドルと、この3年の平均である210ドルを75ドル上回る水準となっている。直近のリスクが高まっていることを示唆していると考えられる。
よく、地政学的リスクが高まって価格が上昇した、という説明があるが、仮に現在の水準を基準にすると金価格の構成要素のうちの15%程度、ということになる。足元、イベントリスクの発生の価格への影響はさほど大きくないといえる。ただ、米国債ショックと同じレベルのイベントが発生すれば、現在の水準から300ドル程度、価格が上昇してもおかしくないことになる。この場合、金価格は2,100ドル〜2,200ドル程度まで上昇する余地があることになる。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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