スイス中銀、防衛ライン撤廃の背景と影響
スイス中銀、対ユーロ上限撤廃の背景
昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻に対する米国や欧州各国による経済制裁の影響、そして昨年秋以降急速に進んだ原油価格の大幅下落によって、ロシアだけでなくユーロ圏全般にもインフレ率の低下が顕著になってきました。ユーロ圏経済の後退に対処すべく、ECBは昨年2度にわたる政策金利の引き下げと長期リファイナンスオペ(TLTRO)などの緩和策を実施しました。しかし、12月のユーロ圏消費者物価指数が5年ぶりのマイナスに落ち込むなど、デフレ懸念が弱まる気配はありません。
そのため1月22日に開催されるECB理事会では追加の量的緩和策が決定され、ユーロ安がさらに深まる見通しが強まっています。こうした背景にあって、スイス中銀は一段のユーロ安を通じたスイスフランへの資金流入を想定した場合に、もはや1ユーロ=1.20スイスフランの防衛は困難であり無制限介入の継続に対する資金力にも懸念を持ったようです。さらにスイス中銀は、既に昨年12月18日に政策金利をマイナス0.25%に引き下げていますが、1ヶ月も経たないうちにさらに0.50%引き下げたマイナス0.75%への引き下げを決定しました。
今回の決定は、スイス中銀の危機感の具現化と同時に、原油価格の下落に象徴される世界各国の景気減速やデフレ懸念の中で、自国通貨防衛にかかる莫大なコスト負担と各国の協調体制維持に関わる相互信頼感が薄れるリスクに備える必要があるのかも知れません。
スイス中銀、対ユーロ上限撤廃を受けた市場の反応
スイス中銀の対ユーロ上限撤廃を受け、ユーロスイスは1.2000から一時0.8500へ下落したものの16日の東京市場では0.9900へ反発するなどやや落ち着きを取り戻しつつあります。
また、スイス円も115円台半ばから一時150円台を付けましたが、133円台後半へ戻しています。一方対スイスで大きく下落したユーロは対ドルで1.1568と直近の安値を更新したほか、対円でも134円70銭まで続落、伴ってドル円は115円90銭まで反落後、116円台での小動きで推移しています。
市場の反応をチャートで確認!(スイスフラン/円)
出所:FX総合分析チャート 10分足
※出所:FX総合分析チャート 10分足
※出所:FX総合分析チャート 10分足
スイス中銀、対ユーロ上限の歴史とユーロ圏ソブリン危機
2009年9月に政権交代を果たしたギリシャは、その当時ユーロ圏へ報告していた同国の財政赤字が虚偽の数字であったことも同時に明らかになってしまいました。前年2008年9月のリーマンショックの影響から、欧州各国では不動産バブルが崩壊したことなどを背景にした財政の悪化が進みました。この財政悪化はギリシャだけに留まらず、ポルトガル、スペイン、イタリアなどの南欧諸国を中心とした、いわゆるユーロ圏のソブリン危機に繋がっていきました。
この事態に対処するためにユーロ圏は財務相会合を通じて、2010年5月に第1次ギリシャ支援を決定しています。その後、IMF, 欧州連合を含めたいわゆる“トロイカ”による第2次ギリシャ支援が2012年まで続き、支援はアイルランド、ポルトガル、スペインにも広げられました。こうした状況のもと、市場ではユーロ崩壊の危機まで囁かれるようになったことから安全資産とされるスイスフラン、金、米国債などに資金が向かいました。
まさにこの頃、スイス中銀は自国経済の防衛とスイスフラン高を防ぐ目的で2011年9月に無制限の為替介入実施を発表しています。この時に設定された対ユーロ上限フロアが、まさに昨日(1月15日)市場を揺るがした1ユーロ=1.2000フランなのです。その後、このユーロ圏を巡るソブリン危機によって、2011年11月に就任した欧州中央銀行(ECB)ドラギ総裁の下、紆余曲折を経てユーロ圏内で流通する国債購入プログラム導入や新財政プログラム、さらには財政規律の強化や欧州安定メカニズム(EMS)などを通じた財政均衡化ルールの強化等、危機管理への対策が構築されました。
過去の値動きをチャートで確認!(スイスフラン/円)
出所:FX総合分析チャート 月足