新型コロナワクチンはビジネスとして広がりが出て関連銘柄の株価は上昇基調となるものが多くなっています。一方、急騰しているモデルナとバイオエヌテックの株価上昇には、新型コロナワクチンの動向だけでなく、「mRNA」の技術が医薬品開発のフロンティアを切り開いたという意味もあるようです。
図表1:注目銘柄リスト
銘柄 | 株価(8/10) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
モデルナ(MRNA) | 456.76ドル | 497.49ドル | 54.21ドル |
バイオエヌテック ADR(BNTX) | 416.50ドル | 464.00ドル | 54.10ドル |
ファイザー(PFE) | 48.19ドル | 48.57ドル | 32.80ドル |
ジョンソン & ジョンソン(JNJ) | 173.77ドル | 174.59ドル | 133.65ドル |
ノババックス(NVAX) | 230.21ドル | 331.68ドル | 76.59ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
今回は新型コロナワクチンを製造している企業を取り上げます。
世界的な大手製薬会社ファイザーの株価が史上最高値を更新するなど、ワクチン製造に関わっている企業の株価が好調に推移しています。株価の好調は以下にあげる2つの背景により、新型コロナワクチンがビジネスとして広がりが出てきているためと考えられます。
デルタ型変異株によって感染が再拡大
背景の一つには感染力が高いデルタ型変異株の広がりによって世界的に新型コロナの感染が再拡大していることがあります。世界の感染者数は、図表2の通り6月第4週に250万人で底入れした後、8月第1週には440万人まで再拡大しています。
世界のワクチン接種回数が40億回を超える中、感染は終息に向かっていると考えられていましたが、新型コロナの感染症とは想定以上に長く付き合わなければならないとの見方が広がっているようです。
このような動きを反映するように、ファイザーは2021年の新型コロナワクチンの売上ガイダンスを、2/2(火)の150億ドルから5/4(火)に260億ドル、7/28(水)に335億ドルと2回にわたって大幅に引き上げてきました。
ブースターショットが広がる可能性
もう一つの背景は、新型コロナワクチンの接種が2回で終わらず、3回目を行う検討がなされていることです。今回のワクチン接種によって免疫力が維持される期間は、開発が短期で進んだこともあって、いまのところはっきりしていません。
このため新型コロナワクチンの製造企業は、免疫力を維持するためのブースターショット(3回目の接種)について臨床試験を行っています。効果が高いとの結果が出れば、接種が広がる可能性があります。
実際にワクチン接種で先行したイスラエルでは8/1(日)から60歳以上の人に3回目の接種を始めていますし、8/8(日)には米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)ファウチ所長が、高齢者や免疫力が低下した人に対してブースターショットの必要性を強調しました。このため株式市場では3回目の接種が広く行われる可能性を織り込んでいるようです。
モデルナとバイオエヌテックの株価が急騰
新型コロナワクチンの製造業企業の株価は概ね上昇基調を辿っているものが多くなっていますが、特にモデルナとバイオエヌテックの株価上昇が著しくなっています。
通常、株価は一過性の利益については反応しにくいものです。しかし、一過性のものでも規模が大きくなったり、一過性と思っていたものが想定よりも長く続くという場合には、株価が反応する可能性があります。
さらに、両社の株価が持続的に上昇しているのは、今回のワクチンで使用された「mRNA」の技術が、新しい医薬品のフロンティアを切り開いたという意味があるためと考えられます。これについては、第3節でより詳しく解説いたします。
なお、バイオエヌテックが開発したワクチンは、一般に「ファイザーのワクチン」と呼ばれますが、ファイザーは臨床試験の実施や販売で協力したものです。ワクチンの主たる技術を保有しているのはバイオエヌテックであるため、バイオエヌテックの株価の上昇が著しくなっています。
図表2:新型コロナの世界感染者数推移(週次)
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
図表3:モデルナとバイオエヌテックの株価
- 注:最後のデータは8/10(火)です。
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
新型コロナワクチンがビジネスとして広がる中、関連企業の業績を確認してみましょう。現在世界で使用されている、または、開発が見込まれる主な新型コロナワクチンの供給企業を図表4にリストアップしました。
新しいmRNA(メッセンジャーRNA)の技術を活用したモデルナ、ファイザー/バイオエヌテックのワクチンが世界的に広く使用され、ビジネス的にも非常に成功しています。mRNAの技術を保有するモデルナ、バイオエヌテックの株価は2019年末来では10倍以上、2020年末来でも3倍以上に上昇しています。
ウイルスベクターの技術を使ったアストラゼネカ、ジョンソン&ジョンソンの新型コロナワクチンは、非常にまれではあるものの血栓が生じるとして、2番手の選択肢となっている国が多いようです。DNAワクチンについては開発中です。
2010年設立のバイオベンチャーで、mRNA(メッセンジャーRNA)を活用した医薬品開発を行っています。新型コロナワクチンの2021年売上は、事前購入契約(Advance Purchase Agreements)の状況から200億ドルに達する見通しです。
2022年については、事前購入契約は120億ドル、オプションが80億ドルあり、引き続き様々な交渉が続いているとしています。ワクチンの生産能力は2021年が8〜12億回分、2022年については、契約交渉の状況により20〜30億回分になると想定されています。8/5(木)に発表された4-6月期の売上は44億ドル、純利益は28億ドルで、利益率は60%を超えています。
2008年に創業したドイツのバイオベンチャーです。同社がファイザーの支援を得て開発した新型コロナワクチン「BNT162b2」は、モデルナ同様mRNA技術によるものです。2021年7月21日時点で10億回分以上のワクチン供給を行い、通年では約22億回分の接種の契約を獲得しています。
「BNT162b2」に関して引き続き、ブースターショットの効果、各種変異株に対する有効性、6ヵ月から11歳の子供に対する接種など接種対象を広げるための臨床試験が行われています。8/9(月)に発表された4-6月期の売上は53億ドル、純利益は27.9億ドルで、利益率は50%を超えています。
バイオエヌテックの新型コロナワクチン「BNT162b2」の開発・販売で提携し、ファイザーが販売したワクチンについては粗利益をバイオエヌテックと折半する取り決めとなっています。2021年の新型コロナワクチン売上は7月中旬までの契約分で335億ドルのガイダンスを発表、同年の売上構成比は40%となる見込みです。
ワクチン自体を開発したのはバイオエヌテックですが、迅速な臨床試験、円滑な製品配送には同社の貢献も大きいと考えられます。新型コロナワクチンの事業は、調整後の税前利益率が20%台後半と高く、得られた資金によって将来の企業買収や自社株買いなどに回せると評価されています。
アストラゼネカ(取り扱いなし)
同社の新型コロナワクチンはウイルスベクターワクチンで、臨床試験の結果により有効性は60〜70%程度とされます。英国で広く使用されているほか、日本でも承認されています。2021年後半に米国で承認申請の予定です。2021年1-6月期の新型コロナワクチンの売上として11.7億ドル(売上構成比は8%)が計上されています。
同社の新型コロナワクチンは接種が1回で済むことがメリットながら、有効性は66%とモデルナ、ファイザー/バイオエヌテックのワクチンに比べて低くなっています。まれに血栓が発生するとして米国では2021年4月13日に一時使用停止となりましたが、その後血栓症への対処法を周知のうえで接種の再開が認められています。4-6月期に新型コロナワクチンの売上として1.64億ドル(売上構成比は0.7%)が計上されています。
同社の新型コロナワクチンは、死んだウイルスの一部を使って体の免疫体系を刺激する不活化ワクチンの技術によります。mRNA、DNAワクチンに比べて古くからあるワクチン製造の方法です。昨年より中国および新興国を中心に接種されてきました。2021年5月にはWHO(世界保健機関)が緊急使用を承認しています。
新型コロナワクチンの候補「NVX-CoV2373」の第3相臨床試験を実施中で、米国およびメキシコでの有効性は90.4%と評価されています。インドなど複数の新興国で緊急使用の承認申請を行っているほか、米国では2021年の10-12月期に緊急使用の承認申請を行う予定です。4-6月期の売上は2.98億ドル、純損失は3.52億ドルです。
新型コロナワクチンの候補「INO-4800」について、米国、中国、韓国などで行った第2相臨床試験を評価中で、第3相臨床試験を計画中です。
図表4:新型コロナワクチン開発企業の株価とワクチンの使用・開発状況
銘柄(コード) | 株価騰落率 2019年末〜 |
株価騰落率 2020年末〜 |
ワクチンの使用・開発状況 | ワクチンのタイプ |
---|---|---|---|---|
モデルナ(MRNA) | 2,235.2 | 337.2 | 使用中 | mRNA |
バイオエヌテック ADR(BNTX) | 1,133.5 | 410.9 | 使用中 | mRNA |
ファイザー(PFE) | 29.8 | 30.9 | 使用中(バイオエヌテックの開発・販売を支援) | mRNA |
アストラゼネカ(当社取り扱いなし) | 7.1 | 11.3 | 使用中、副反応を理由に敬遠する国も | ウイルスベクター |
ジョンソン & ジョンソン(JNJ) | 19.1 | 10.4 | 使用中、副反応を理由に敬遠する国も | ウイルスベクター |
国薬控股(01099) | -25.3 | 12.7 | 使用中、中国および新興国中心 | 不活化ワクチン |
ノババックス(NVAX) | 5,684.2 | 106.4 | 第3相臨床試験を実施中 | DNAワクチン |
イノビオ ファーマシューティカルズ(INO) | 159.5 | -3.2 | 第3相臨床試験を計画中 | DNAワクチン |
- 注:株価騰落率は8/10(火)時点のデータによります。
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
第2節でみたように、mRNA(メッセンジャーRNA)の技術を使う、ファイザー/バイオエヌテック、モデルナのワクチンが有効性が高く副反応も比較的小さい、優秀なワクチンとの評価が定着しつつあるようです。
mRNAの技術を用いたワクチンや医薬品は過去に無く、「緊急使用での承認」という形ながら初めて人の治療に広く使われた実績ができて、医薬品開発のフロンティアが広がったという点で注目されています。
mRNAによるワクチンは、ウイルスのタンパク質をつくるもとになる遺伝情報の一部を注射するものですが、この遺伝情報の一部を人工的に合成することが特徴です。
これまで広く使用されていたワクチン(不活化ワクチン、組換えタンパクワクチン、ペプチドワクチンなど)はウイルスの一部のタンパク質を注射して、それに対して免疫が出来る仕組みでした。
この場合には、ワクチンを作成するためにウイルスを大量に培養する時間が必要であり、また、「ウイルスの一部」にはワクチンの目的に必要のない物質も含まれて、これが副反応につながる可能性がありました。
しかし、mRNAでは人工合成したものを使うため、製造のスピードが速く、目的の作用だけを期待できる可能性が高まったと考えられます。新型コロナワクチンの開発が早く進み、かつ、副反応が軽微という背景には、このような特徴があったと考えられます。
そして、この特徴は新型コロナのワクチンだけでなく、がんや自己免疫疾患の治療薬を作るときにも優位性を発揮すると考えられることから、「医薬品開発のフロンティア」と期待されています。
モデルナとバイオエヌテックの新型コロナワクチンの売上と利益は図表5の通り、2021年がピークで、2023年に向けて減少傾向が予想されています。今後はmRNA技術を使ったワクチンや治療薬の開発動向が注目されてくると見込まれます。両社の新型コロナワクチン以外の開発状況は以下の通りです。
感染症、循環器疾患、がん、希少疾患、自己免疫疾患の5つの分野でワクチンや治療薬の新薬候補を保有しています。
季節性インフルエンザワクチンと自己免疫疾患の治療薬では、第1相臨床試験が進行中です。がん治療の分野では23個の新薬候補を保有し、うち15個については臨床試験を開始しています。
同社はインフルエンザワクチンおよびがん治療の分野にmRNAの技術を応用しようとしています。
インフルエンザワクチンでは、実績のできた新型コロナワクチンをベースに、ファイザーとの協力で開発が進められており、7-9月期に臨床試験を開始の予定です。
がん治療の分野では、18の臨床試験が進行中で、複数のmRNA技術を用いた新薬候補を含む15個の新薬候補を保有しています。mRNAを使用した新薬候補の最も進んだ臨床試験は、第2相臨床試験が実施中です。
図表5:モデルナとバイオエヌテックの業績推移
- 注:バイオエヌテックの業績は、1.174ドル/ユーロでドル換算しています。
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。