株式市場には、事業の特徴から相場全体やセクターのトレンドを先導する「指標銘柄」と目されているものがあります。7-9月期の米国企業の決算発表では、これらの銘柄が相場に与えた影響が大きくなったと思われます。今回は既に結果が出てしまっていますのでもう遅いのですが、今後もその重要性は変わらないため、この「指標銘柄」についてご紹介いたします。
図表1:言及した主な銘柄
銘柄 | 株価(10/30) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
スリーエム(MMM) | 189.81ドル | 259.77ドル | 182.00ドル |
テキサス インスツルメンツ(TXN) | 92.99ドル | 120.74ドル | 87.90ドル |
ビザ A(V) | 132.76ドル | 151.56ドル | 106.60ドル |
コストコ ホールセール(COST) | 227.92ドル | 245.03ドル | 159.49ドル |
アプライド マテリアルズ(AMAT) | 32.42ドル | 62.40ドル | 30.53ドル |
台湾セミコンダクター ADR(TSM) | 37.78ドル | 46.57ドル | 35.35ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
産業景気の指標銘柄となるスリーエム、テキサスインスツルメンツ |
10月以降の米国株の下落局面で押しが深くなった要因として、10/24(水)に決算を発表したスリーエム、テキサスインスツルメンツなど、相場の先導役と目されている「指標銘柄」の役割が大きかったと考えられます。
英語では、このような銘柄を「bellwether(ベルウェザー)」と呼んでいますが、羊の群れを先導するベルを付けた羊のことです。群れがどちらの方向に進んでいるか、羊飼いに知らせる役割があり、株式相場についても同様の役割が期待されています。
今回は既に結果が出た後になりますが、相場を見る上で引き続き重要なため、株式相場の「指標銘柄」としてのスリーエム(MMM)の重要性について、また、ほかの分野で「指標銘柄」と考えられるものについてもご紹介いたします。
スリーエムという会社は、フィルム、接着剤、粘着剤、コーティング剤などに関するコア技術をあらゆる分野に適用しようというビジネスモデルのため、幅広い製造業に製品を供給しています。
分野別の売上は、インダストリアル(接着剤など)、セーフティ&グラフィックス(道路標識など)、ヘルスケア(体に貼るテープ類など)、エレクトロニクス&エネルギー(タッチパネルなど)、コンシューマー(ポストイットなど)に分類され、産業景気の動向を広くかつ敏感に反映すると考えられています。
図表2は、4-6月期と7-9月期の全社および分野別の売上のオーガニック成長率(※)です。一部の部門に偏って低下するのであれば、製品のイノベーションなどが影響していることも考えられますが、今回は全分野にわたって一様に増加率が低下し、また、地域別に見ても同様であったことから、産業景気の鈍化を示す「ベルウェザー」となりました。
※オーガニック成長率は、事業買収・売却や為替の影響を除いた売上成長率を指します。
図表3は、スリーエムの全社の売上オーガニック成長率の推移です。4-6月期には前年同期比5.6%増と高水準でした。これを見て株式市場は世界の産業景気は好調で、貿易摩擦の影響は限定的と判断した可能性が高いと思われます。筆者もそう思いました。しかし、7-9月期には同1.3%増に急減速して、しかも減速は全分野に共通していたため、「やっぱりダメだった、楽観的過ぎた」と見直しに繋がったと見られます。
また、同様に産業景気を占う上で重要な会社にテキサスインスツルメンツ(TXN)があります。この会社は機器の制御に欠かせないマイコンの世界最大手で、幅広い製造業に製品を供給しています。マイコンの売上が計上されている「組み込みプロセッサー」部門の売上は、1-3月期の前年同期比15%増、4-6月期の同9%増から7-9月期は同4%減と、急減速となったことが相場のショックに繋がったと見られます。
また、直近の株価下落で相場が最初に反応した決算は、10/18(木)のテクストロン(TXT)でした。航空機、ヘリコプター、トラクターなど幅広い産業機器メーカーに部材を供給している中堅企業で、資本財セクターの業績を占うものとして捉えられていたようです。7-9月期決算は、市場予想に対して売上が8%、EPSが20%下回ったことで資本財セクターへの警戒が高まり、相場全体へのネガティブな影響が広がったと見られます。
ただ、最近下方修正されたとは言え、IMFによる18年の世界GDPは前年比3.7%増が予想されています。世界の最終需要がテキサスインスツルメンツのマイコンのようなペースで減少している訳ではなく、通商摩擦の不透明感を受けて一部プロジェクトが停滞している影響が出ていると見られます。
米国の対中関税第三弾は9/24(月)に発動、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉は10/2(火)に決着していますので、様子見を余儀なくされていたプロジェクトで動き始めているものもあるでしょう。7-9月期には減速がきつめに出た可能性があり、10-12月期、1-3月期とどんどん悪化していくと考える必要はないと見られます。
図表2:スリーエムの分野別売上オーガニック成長率
- ※会社資料をもとにSBI証券が作成
図表3:スリーエム全社の売上オーガニック成長率
- ※会社資料をもとにSBI証券が作成
消費の分野ではビザ、マスターカード |
消費の分野では、ビザ(V)とマスターカード(MA)が指標銘柄となります。
両社はクレジット・デビットカードの決済システムを提供している会社で、中国を除く世界市場で9割以上を占めると考えられています。このため、両社が決算時に公表するカード購入額は世界の消費動向を反映する貴重な指標となっています。
世界の各国に小売売上高の統計はありますが、これを統合した経済指標はないためです。世界の消費動向を見るうえで四半期ベースなら最も信頼性の高い指標と考えられます。
10/24(水)に発表されたビザの7-9月期決算によると、米国のカード購入額は前年同期比12%増と4-6月期の同10%増から加速し、米国を除く海外は現地通貨ベースで1-3月期、4-6月期、7-9月期とも同11%増となっており、世界の消費経済は拡大が持続していると判断できます。
ただ、データのアップデートが四半期でしかないことは、この指標の欠点です。これを補う可能性があるのは、海外にも店舗展開して、月次売上を発表しているコストコ ホールセール(COST)です。同社は米国で531店のほか、カナダ、メキシコ、英国、日本、韓国、台湾などで235店を展開(10/20(土)時点)しています。
同統計では、過去1ヵ月と年度の累計で既存店売上の前年比増加率の情報を提供しています。また、価格変動の影響が大きいガソリン販売と海外部門については為替の変動を除いた既存店売上も発表しているため、実質的な変動を観察する上でも有用です。
また、グローバルに店舗展開している外食のマクドナルド(MCD)、スターバックス(SBUX)などは、決済プラットフォームほど包括的とは言えないものの、消費経済の健全性を窺う上である程度参考になるでしょう。
マクドナルドの7-9月期のグローバル既存店売上は前年同期比4.2%増と好調でした。店舗の改装を進めて顧客が戻っているという効果が加わっていますが、個人消費が堅調なことがベースにあると言えそうです。
図表4:クレジットカード、デビットカードの決済件数(2016年)
- ※ビザの会社資料をもとにSBI証券が作成
エレクトロニクスの分野では・・・ |
エレクトロニクス産業の先行きを占う上で参考になるのは、製品化までのリードタイムが長いと考えられる半導体業界で、さらにその中で先行性が高いのは、半導体製造装置の企業と考えられます。
半導体製造装置メーカーは、半導体メーカーと先々の製品計画について相談を受け、設備投資の動向も掴んでいるため、その市場動向に関するコメントは、エレクトロニクス産業の先行きを占う上で重要と考えられます。
中でも最大手のアプライド マテリアルズ(AMAT)はエレクトロニクス産業の「指標銘柄」と言えるでしょう。
図表5の通り、16年に半導体産業の世界売上が回復したときも、売上が前年比マイナスからプラスに転換したのは16年8月分でしたが、アプライドマテリアルズの決算リリースでは、16年5月に発表された2-4月期決算で受注が前年同期比37%増と急増、11-1月期比52%増となっていました。アプライドマテリアルズと事業内容が似ている東京エレクトロンも同じような立場にあると言えるでしょう。
また、台湾の台湾セミコンダクター ADR(TSM)は投資家向けサイトで月次の売上高と前年比伸び率を発表しています。米国に多い半導体の製造工場を持たないファブレスの半導体メーカー(クアルコム、エヌビディア、アバゴテクノロジーなど)の売上動向を反映するため、株式市場で注目されていると考えられます。
以上で議論してきた「指標銘柄」とはやや意味合いが異なりますが、四半期決算の発表が始まる前に「決算プレビュー」を発表するサムスン電子 (005930)は、決算期に注目を集めます。
今回の7-9月期決算では、米国の主要企業決算が始まる1週間前の10/5(金)に売上が約65兆ウォン(前年同期比5%増相当)と営業利益が約17.5兆ウォン(同20%増)との概算値を発表しています。実際の決算は、「決算プレビュー」から3〜4週間後に発表されます。
図表5:世界の半導体売上高の推移
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。