株式市場にとってフレンドリーではない選挙戦
米国の大統領選挙は、いよいよ11月8日に本投票を迎えます。
私は1988年にアメリカに来て以来、これまでに7回の大統領選挙を見てきました。その経験から言えば、今回ほど株式市場にとってフレンドリーではない選挙戦は、過去に記憶がありません。
民主党のヒラリー・クリントン候補は、所得税率を最高43.6%に引上げると提案していますし(高額所得者への増税は一般に株式市場にとって悪材料です)、共和党のドナルド・トランプ候補は経済成長をぶちこわす保護貿易主義を唱えています。
そこで今日は大統領選挙の見通しと株式市場への影響について書きます。
選挙戦の現況
まず大統領選挙の現況ですが、クリントン候補がリードしています。
2016年大統領選挙支持率(%、リアルクリアポリティクスのデータをもとにコンテクスチュアル・インベストメンツが作成)
調査会社、リアルクリアポリティクスがまとめた10月9日現在の支持率は、ヒラリー・クリントン候補が47.5%、共和党のドナルド・トランプ候補が42.9%となっています。
実際の投票は、選挙人投票(Electoral vote)という方法によって行われます。これは各州に予めポイント数が与えられており、その州での勝者に全部のポイントが行くという仕組みです。
この仕組みに基づいた試算では、クリントン候補が260ポイント(48%)、トランプ候補が165ポイント(31%)、接戦すぎてどちらとも言えないが113ポイント(21%)でした。
選挙人投票シェア(%、2016年10月9日、リアルクリアポリティクスのデータをもとにコンテクスチュアル・インベストメンツが作成)
クリントン候補の選挙公約
クリントン候補は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)には反対の立場を取っています。これに関し、無党派のシンクタンク、ピーターソン経済研究所は「TPPが米国経済にもたらす、年間1,300億ドルもの経済効果が失われるだろう」と試算しています。
クリントン候補は貿易監視官の設置を提唱しています。また為替操作の監視も行うべきだとしています。
しかしそれ以外は貿易に関しては現状維持を唱えています。
税制に関しては、年収5百万ドル超の裕福層については、所得税率を43.6%へ引き上げることを提案しています。
また相続税控除額を現行の545万ドルから350万ドルへと引き下げ、より多くの国民から相続税を徴収できるようにするとともに、現行40%の相続税率も、最低45%から最高65%へと引き上げることを提唱しています。
さらに相続税を逃れるためにオフショアのタックスヘイヴンに富が逃避するのを厳しく監視するとしています。
シンクタンク、タックス・ポリシー・センターの試算によると、クリントン候補の税制プランが施行されれば裕福層(トップ1%)の税金は1,295万円の増税になるそうです。
過去に増税が議論された場合、株式市場がそれを嫌気して下がるという現象が見られました。それを考慮すれば、クリントン候補が勝利したからといって必ずしも市場がそれを好感するとは限らない点に留意すべきだと思います。
クリントン候補はインフラストラクチャへの投資を積極的に行うべきだと提唱しています。
また薬価高騰問題に関しては、後発医薬品部への予算を増額し、略式新薬承認申請(ANDA)の審査待ちになっている案件をすみやかに処理することを提唱しています。
患者自己負担分の値上げ率については上限を設定することを提案しています。また新規参入をわざと送られる和解金支払いなどの非競争的行為を禁止すべきだとしています。
連邦準備制度に関しては、銀行・証券出身者を連邦準備制度の理事ならびに地区連銀の総裁に指名することを禁止することを提案しています。
これにより現在、ニューヨーク連銀総裁を務めているウイリアム・ダドリー総裁、スタンレー・フィッシャーFRB副議長など5名が影響を受けます。
トランプ候補の選挙公約
一方、ドナルド・トランプ候補は貿易に関してはTPPに反対なだけでなく、北米自由貿易協定(NAFTA)にも反対しています。また世界貿易機構(WTO)からの脱退を唱えています。
さらに中国からの輸入品に45%の関税を、そしてメキシコからの輸入品に35%の関税をかけることを提唱しています。
本来、貿易に関しては下院が立法上の大きな権限を持っています。従って上記のような極端な主張がすんなりと実行に移される可能性が低いです。また裁判所が大統領の行動に違憲判断を下す可能性もあります。従って、トランプ候補が大統領になったら、すぐに上記の事柄が実行に移されると言う風には考えない方が良いでしょう。
しかし、万が一、これらの提言が実行された場合、先述のピーターソン国際経済研究所は「米国で480万人が失業し、米国経済はリセッションに陥る」と警鐘を鳴らしています。
中国からの輸入品に関税をかけた場合、中国側も対抗策として米国からの輸出品に関税をかけることになると思いますので、その場合、建設機械、鉄鋼、半導体製造装置、ポンプ、タービン、トラック、コンプレッサー、アルミニューム、トランスミッションなどの製品が影響を受けると思われます。また旅客機の購入がキャンセルされる可能性もあります。
トランプ候補の税制改革プランはまずこれまでの7段階に分かれていた個人の所得税率を3段階に簡素化することが提案されています。具体的には12%、25%、33%です。すると現在の最高税率は39.5%なので、裕福層にとっては減税ということになります。
次に法人税を現行の35%から15%へ減税します。これについては現在の実効税率は既に15%に近いので、あまり大きな影響はないと思われます。
さらに相続税に関してはこれを廃止することを提唱しています。
これらのことから向こう10年間で連邦政府の税収は4.4兆ドル~5.9兆ドルも減収になると試算されています。
タックス・ポリシー・センターの試算では、トランプ候補の税制プランが実行された場合、裕福層にとり2,221万円の減税になるそうです。
トランプ候補は防衛予算を拡大することを主張しています。具体的には陸軍兵員数を現在の49万人から54万人に増員する、海軍艦船数を現在の276隻から350隻へ増強する、空軍戦闘機数を現在の1,113機から1,200機へと増やすなどです。
これを実現するためには連邦予算制御法を廃案にすることが必要になります。連邦予算制御法は米国政府の債務が雪だるま式に増えないように歯止めをかけている、財政規律維持に関する重要な法律ですので、それが廃案にされると財政規律が乱れる恐れが出ます。
米国連邦政府債務(GDPの%、セントルイスFRB)
さらにトランプ候補は「自分が大統領になった場合、イエレン議長は再任しない」としています。イエレン議長の任期は2018年2月で切れます。
まとめ
これまで見てきたように、どちらの候補の主張も、株式市場の投資家の目線からすれば、問題を含んでいます。しかしマーケットはそれがアメリカ経済にとってどんなに悪い事か? を、まだ十分に織り込んでいないと思います。このため選挙戦が大詰めを迎えるに従って、マーケットのボラティリティ(=乱高下のこと)が高まると思います。