米国の長期金利が3%に達したことから米国経済への影響が懸念されています。金利上昇は国家、企業、家計の金利負担の上昇につながるため株式投資家にとってのリスク要因であるほか、金利上昇は既発の債券価格の下落を伴うため債券投資家にとってもリスク要因です。本稿のポイントは次の通りです。
・今回の長期金利の上昇は過去の長期金利上昇とは状況が異なる。
・長期金利だけでなく短期金利も上昇しており、長短金利差の逆転は景気後退のシグナルに。
・影響が大きいのは新興国の株式と債券。
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反転し始めた米国の長期金利
図1は1998年から2018年5月までのNYダウ平均株価と米国の長期国債の利回りの推移です(2018年5月は22日までのデータ。以下同じ。)本稿において長期金利は長期国債の利回りを指します。図1を見ると長期金利の上昇局面は何度か発生していることが分かりますが、今回の長期金利の上昇は過去の長期金利上昇局面とは景気がピークに近く、かつ、財政状況が悪化している状況下であるという点で異なっています。
景気動向は失業率で見ると趨勢が分かりやすいでしょう。すなわち、失業率が低下しているときは景気の回復局面、失業率が上昇しているときは景気の後退局面と見ます。図2にあるように2013年から2014年の長期金利上昇局面では失業率は6%を超えている状況であり、過去と比較して景気回復の中盤と言える状況でした。その前の長期金利上昇局面である2009年末から2010年は金融危機を乗り越えて株価反発が見られた時期であり、景気回復への期待から株式が買われて債券が売られた時期でした。財政収支が大幅にマイナスであったのは現在と一致していますが、失業率の上昇に歯止めがかかり、不景気からの脱却が期待されたゆえでの長期金利の上昇でした。
現在の失業率が歴史的な低水準であることを踏まえると、景気はピーク圏にあると思われます。景気回復期待による長期金利の上昇というより、トランプ政権下での減税や財政出動による財政収支悪化を懸念した国債売りの裏返しであり、決して楽観視できるものではないと言えるでしょう。
長期金利の動向に注目が集まりがちですが、より心配なのは短期金利の上昇です。図3にあるように長期金利だけでなく短期金利も上昇しています。本稿では短期金利として2年国債の利回りをとっています。返済期間が長くなるほど借り入れ金利が高くなるように、通常、短期金利よりも長期金利の方が利回りは高くなります。しかし、過去には短期金利と長期金利の利回りが逆転したことがあり、これは景気の後退のシグナルとされます。図3の点線で囲んでいるところが長短金利が逆転した局面です。最近の長短金利差は0.50%を割ってきており、景気後退のシグナルが出るのも時間の問題であると言えそうです。
他の資産クラスへの影響は?
米国の金利上昇の影響を受けやすいと考えられるのは新興国です。新興国は米ドル建ての借り入れが多く、米国の金利上昇で利払い負担が増えることが考えられます。また、支払いのために米ドルを確保する必要から米ドルの需要が増す反面、新興国の通貨需要は減少することが考えられ、新興国の通貨は売られやすくなります。そのため新興国の中央銀行は利上げにより通貨防衛を行うことになりますが、利上げは自国経済の景気を冷やすことになりますので新興国株式にとっては悪材料です。図4は新興国の株価指数と長期金利の比較ですがNYダウ平均株価が高値更新を繰り返してきたのに比較すると上値が重い状況です。
米国債は利回りが高くなると機関投資家の運用ニーズから買われることが期待されますが、信用力の劣る新興国債券はそうはいきません。金利上昇による価格下落に加えて新興国の債務返済リスクも顕在化するかもしれません。アルゼンチンは今月政策金利を年40%とし、トルコでは利上げを行いたい中央銀行に対して利下げを行いたい大統領の言動から通貨トルコリラが売られています。比較的安定しているブラジルでも緩和から利上げに舵を切る可能性が出てきています。図5にあるようにこの数年の長期金利上昇局面において新興国債券指数は上昇していません。
最後に米ドル対円相場を見てみます。図6を見ると長期金利と米ドル対円相場は連動しているように見えます。このことから長期金利が上昇すれば円安に振れるということも言えるかもしれませんが、次の2点から慎重に見る必要があります。
1点目は経常収支です。日本の場合、経常収支のうち大部分を占める海外からの利子・配当金などの第一次所得収支と貿易収支の黒字が続いています。海外からの稼ぎを円に換える需要があり、円高に振れやすい構造になっています。日本の貿易収支は対米国で黒字になっています。つまり米国で売ったモノを日本円に両替する実需があります。最近の円安の動きは、資源高による貿易黒字の縮小を織り込んだ動きかもしれませんが、資源高が収束すると再び円高に振れるかもしれません。
2点目は物価です。一般的には物価が上昇する国の通貨よりも物価が上昇しない国の通貨の方が高くなります。物価の上昇は通貨の下落を意味するからです。日本よりも米国の方が物価が上昇しているため、長期的には円高になりやすいと考えられます。
図6を見ると2012年まで趨勢としては円高方向です。経常黒字やいわゆるデフレが日本において進んだことが背景でしょう。2013年以降の円安は日銀の量的緩和によるものと考えられます。
以上から、米国の長期金利の上昇は短期金利の上昇とともに景気のピークアウトが近いことを示しており、株式と債券にとって厳しい状況が近いことを示すものかもしれません。特に新興国ではより顕著に現れるでしょう。
投資戦略としては長期投資している資産の現金化や、資金効率の高いデリバティブ商品を活用して短期的な運用の比率を増やすことが考えられます。デリバティブ商品は下落局面でも収益の獲得を期待することができますし、最大損失をしっかり管理すれば現金を確保できますので、相場の底に近いところで投下するための長期投資用の資金を準備しておくことにも役立つことでしょう。
(念のため付言しますと、上記は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではありません。)
eワラント証券 投資情報室長 小野田 慎(おのだ まこと)
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