米国大統領との首脳会談の前に、夫人帯同で西海岸を訪問してメディアへの露出を狙い、自国の重要性と米国との緊張緩和を演出しようとした…と聞けば9月末の中国習近平主席の訪米のようですが、実は56年前(1959年)にソ連のフルシチョフ書記長も同じような行動をとっています。そして、それ以外にも両者の行動とその背景にはよく似たところがあるように思われます。
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当時のソ連と今の中国
スターリンの後継者としてソビエト連邦の指導者となったフルシチョフは、政敵を追い落として権力基盤を磐石なものとした後、1956年にニーナ夫人とともにソ連首脳として初めて訪米しました。この時に13日間もかけてロサンジェルスやアイオワ州などを訪問した後、国際連合総会演説で緊張緩和を訴え、また、米国のアイゼンハワー大統領と首脳会談を行いました。当時ソ連は、スプートニクの打ち上げに成功して宇宙開発競争で米国をリードし、近いうちに経済力でも米国を追い越すと豪語していました。
そして今回の習主席の1週間の訪米。まずシアトルでアップル、グーグル、フェイスブックといった米国IT企業トップを召集して交流。ビル・ゲイツ氏の私邸で夕食。その後ワシントンでの米中首脳会談で米国に譲歩しない姿勢を見せつけてから、ニューヨークの国連総会で中国主導の国際秩序構築を宣言しています。
似ている外交姿勢の背景には、似たような状況があるものです。そこでフルシチョフ書記長と、現在の中国・習近平主席を取り巻く状況を比較してみたら、以下のような類似点があるようです。
フルシチョフ時代のソ連と中国習政権の類似点
・米国との全面対決を避けたい本音:フルシチョフは全面戦争になれば自国を含めた世界の破滅になると認識し、緊張緩和を提唱しました。中国習政権も現時点での米国との全面対決は望んでおらず、太平洋を二分割する新型大国関係を構築した上での“平和共存”を繰り返し主張しています。
・軍事力を誇示:フルシチョフが軍事パレードに社会主義国の首脳を集めて勢力を誇示したのと同様に、習政権も従来は10年毎の建国記念日に行われていた軍事パレード(中華人民共和国建国は1949年、前回の軍事パレードは2009年)をわざわざ抗日戦争勝利70年として2015年に行いました。この際、親中国諸国首脳を招聘し、米国の機動艦隊(つまり空母)の接近を阻止するための長距離対艦ミサイルなどの最新兵器を誇示しました。
・融和的な米大統領:フルシチョフは米ソ首脳会談でのアイゼンハワー大統領について「アイゼンハワーは事あるごとにダレスの助言がないと返答出来ない」と述べています。また、ケネディ大統領はベトナムへの介入拡大に否定的でしたし、キューバ危機に際して米国軍部にあった先制核攻撃論を排してソ連と交渉を進めました。一方、現在の米国大統領のオバマ氏はノーベル平和賞受賞者で、対中姿勢が融和的なだけでなくシリア、イラク、イラン、キューバでも終始軍事的な対立を極力避けてきたように見受けられます。
・周辺国外交の失敗:フルシチョフ時代にソ連は中国、北朝鮮との関係が悪化しただけでなく、日本との関係改善も進みませんでした。一方の中国は、韓国取り込みに成功し、ロシアとは友好的な関係を維持しています。しかし、北朝鮮との関係は疎遠になり、領土問題での対立激化からベトナム、フィリピン、日本との関係は極めて悪化、その他多くの周辺国の対中警戒論を強める結果になっています。
・米国覇権への露骨な挑戦:フルシチョフは米国のトルコへのミサイル配備やベルリンでの対立を背景に、キューバへのミサイル配備を決め、それがキューバ危機を引き起こしました。中国は南シナ海で軍事基地建設を進め、米国政府機関や民間企業へのサイバー攻撃、AIIB設立によって米国の覇権に挑戦しているようにみえます。
・他国の最先端技術に依存:ソ連は第二次大戦後にナチスドイツのV2ロケット技術者をソ連に連行して宇宙・ミサイル技術の開発を進めました。中国は、西側先進国の先進軍事・民間技術を技術移転や産業誘致、場合によっては産業スパイやサイバー攻撃といったやり方で獲得してきたようです。
・独断的で振幅が大きい施策:フルシチョフは緊張緩和を訴えながら、キューバ危機のように独断的な瀬戸際外交を行いました。現在の中国も「覇権を求めず、新興国を支援する」としながら、周辺国への圧迫を続け、株式市場への介入を強化し、突然人民元を切り下げています。
・プロパガンダと実態のギャップ:人類初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げ成功によってソ連が大陸間弾道ミサイル技術を確立し、軍事的に米国を凌駕したと考えられていました。しかし当時はソ連のミサイルは信頼性が低く、保有数もその時点ではそれほど多くは無かったようです。同様に中国は経済力で米国に急速に追いつきつつあり、世界の成長を支えてきたと喧伝されています。しかし、中国は基幹技術や部品を米国とその同盟国に未だに依存しています。また、経済統計の信頼性が低く、既に不動産バブルが崩壊している可能性もあります。
一方、両者には異なる点ももちろんあります。スターリン批判を行い秘密主義・粛清をしなかったとされるフルシチョフとは異なり、習主席は毛沢東を礼賛しているようで、現在も権力闘争の最中という見方があります。また、フルシチョフ時代のソ連は生産性向上によって経済成長率が高まっていますが、習政権下の中国では経済成長が鈍化しつつあります。
中国の張子の虎は外貨準備か?
ソ連のミサイル技術がフルシチョフ時代には実際には脅威ではなかったように、中国の経済力の象徴とされることがある外貨準備高が、実際には張子の虎である可能性がありそうです。
図1は中国と日本の対外資産と外貨準備高を比較したものです。経常黒字が続けば、対外資産が増えていくのが普通です。それと外国からの借金(対外負債)の差額が対外純資産で、その国が債務国(借金国)であるか債権国であるかの目安になります。一般論で言えば、対外純資産が多ければそれだけ外的なショックに強いといえます。日中の状況を比較すると、2014年末時点では日本の方がはるかに対外資産が多く、負債は両国とも同程度です。この結果、日本は3兆ドル近い対外純資産を保有しています(図中黄緑グラフ)。世界に誇る経済力のはずの中国は意外に対外純資産は少なく1.8兆ドルほどです。それでももちろん巨額ではあるのですが、問題はこれを外貨準備高(図中紫グラフ)と比べた場合です。日本の場合は外貨準備が1.2兆円強で対外純資産の4割ほどです。一方、中国はなんと3.9兆ドルもあり、対外純資産の2.2倍もあります。これ自体がおかしいとは言えないのですが、国全体で見た場合、外貨準備高が対外純資産より多い分(図中赤矢印)は、国外からの借金で外貨準備を保有している事になり、イザという時に役に立たないのでないかと懸念されます。
図1:中国の外貨準備は対外純資産の2.2倍!(2014年末時点)
※中国国外管理局、財務省データよりeワラント証券が作成
これを別の観点から見るために、外貨準備高を、対外純資産、経常収支、人民元レートの推移と比較したのが図2です。経常黒字(図中青線)が続いているので、2008年まで対外純資産(図中紫線)が増加していることには違和感がありません。しかしながら、2008年以降の外貨準備高が対外純資産から乖離して増加を続けているのが異常といえます。2008年から2009年といえば日本では急激な円高となった時期でした。にもかからず人民元レートが全く動いていないことと、中国の外貨準備高が急増していたことを合わせて考えれば、中国の外貨準備高の急増は強引な人民元売り・米ドル買いによる為替介入(人民元高を阻止)を続けた結果と考えられます。
ここで問題となるのはその外貨準備の中味です。米国政府が発表するデータでは中国が保有する米国債は2014年末で約150兆円相当でした。一方、中国政府が発表している外貨準備高が470兆円相当だったので、米国債はたった30%ということになります。ちなみに日本は150兆円あった外貨準備のうち9割強が米国債でした。外貨準備はイザという時に必要な外貨を保有しておくものなので、普通なら、流動性と安全性が高い米国債、そうでなくとも金地金やユーロ国債で保有します。中国の金の保有量は外貨準備の2%もないので、残りの7割弱が全部ユーロ国債というのは外貨準備の常識的な目的から考え難いところです。
また、為替介入で人民元を外国人に売却し(国家の負債になります)、米ドルを得てそれで米国債などを保有している(国家の資産になります)なら、対外純資産は増減しないので問題はありません。でも資産の多くが、例えば、べネズエラやアフリカ諸国等への政策投融資で焦げ付いているとか、中国の大富豪や政府高官がせっせと国外に持ち出した結果、実は存在しないとなるとかなり問題です。その場合、中国の対外純資産が実際は大幅に少ないとか、あるいは中国人民銀行が大幅な債務超過になっているという可能性も出てきます。もし、不透明な実態が白日の下に晒され、本当に大問題であることが分かったら、8月の人民元ショックよりも大きな市場の混乱を引き起こす可能性が高いといえます(中国政府が今後徐々に外貨準備高と対外準備高を減額修正し、いつの間にか辻褄を合わせる可能性もありますが)。
そう考えると、中国が外貨調達手段となるAIIB(アジア投資銀行)を設立し、米ドルを使う必要が無い人民元での貿易決済を進めると同時に人民元のSDR採用にこだわる目的が、資金調達・外貨不足という線でつながります。また、8月の唐突な人民元の切り下げも、銀聯カードの域外現金引出に年間10万元(約188万円)の上限を導入したもの、米国の長年の圧力にも拘わらず人民元の管理相場を続けているのも整合性があるように思われます。つまりこの見方が正しいのであれば、中国では外貨が足りなくなってきたことになります。
図2:10年来の為替介入で膨れ上がった中国の外貨準備
※中国国外管理局、ロイターデータよりeワラント証券が作成。対外純資産は2015.3時点
投資に活かすには
仮に、上記の見方の通り、中国の外貨準備が張子の虎でそれが近い将来露見すると考えるのであれば、中国株の更なる暴落につながる可能性に備えておいた方がよさそうです。この場合、来年初夏頃まで保有できてレバレッジが抑え目の香港株を対象としたハンセン指数プット151回(権利行使価格25,000香港ドル、2016年5月11日満期)や、中国本土株を対象としたハンセンH株指数プット116回(権利行使価格12,500香港ドル、2016年5月11日満期)を購入しておけば、国内株式の株価下落に効果的なだけでなく、単体でもリターンが期待できる可能性があります。
一方、中国が保有する外貨準備高の実態が必ずしも明らかにならなくても、外貨不足から中国政府が前回を上回る規模の人民元切り下げを断行することも予想されます。実際、1994年の50%もの人民元切り下げが1997年のアジア通貨危機につながった前例があります。この展開を予想するなら、日本株の大幅調整に備える日経平均マイナス3倍トラッカー17回(2016年4月13日満期)や円高ドル安に備える米ドルeワラントプット570回(権利行使価格125円、2016年6月8日満期)を購入しておくことも一案と思われます。
とはいえ、中国の外貨準備についての私の洞察が全くの勘違いと杞憂に過ぎない可能性もゼロではありません。この場合は、懸念が薄れるとともに中国株や日本国内の中国関連株が大きく反発するものと予想されます。
(念のため付言しますと、上記は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではありません。)
eワラント証券 チーフ・オペレーティング・オフィサー 土居雅紹(どい まさつぐ)
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