今年の米国株式市場の2大投資テーマは、AI半導体と肥満治療薬と言われます。今回はその1つである、肥満治療薬業界の動きについて、イーライリリィとノボノルディスクを中心にアップデートいたします。
図表1 言及銘柄
銘柄 | 株価(4/16) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
イーライ リリィ(LLY) | 746.74ドル | 800.78ドル | 367.35ドル |
ノボノルディスク ADR(NVO) | 123.45ドル | 138.28ドル | 75.56ドル |
アムジェン(AMGN) | 265.64ドル | 329.72ドル | 211.71ドル |
ファイザー(PFE) | 25.69ドル | 41.33ドル | 25.61ドル |
アストラゼネカ ADR(AZN) | 68.27ドル | 76.56ドル | 60.47ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
今回は今年の米国株式市場の2大投資テーマの1つ肥満治療薬業界の動きを、イーライリリィとノボノルディスクを中心にアップデートします。
肥満治療薬に関しては、過去1年半にわたり外国株式特集レポートで以下のように取り上げており、ここ半年の動きを中心にご報告いたします。肥満治療薬の市場にあまり馴染みがないという方は、(3)、(4)も併せて見られると良いと思います。
(1)2022年12月14日付「需要“爆発”前夜!?肥満治療薬市場」
(2)2023年5月31日付「糖尿病治療薬、肥満治療薬、アルツハイマー病治療薬で成長期待のイーライリリィ」
(3)2023年10月4日付「期待高まる肥満治療薬!!市場はどこまで大きくなる!?」
(4)2023年11月29日付『個人的にも知りたい!?世間で良く効くと話題の「肥満治療薬」を整理』
〇イーライリリィとノボノルディスクの株価の動き
ノボノルディスクは1/31(水)に、イーライリリィは2/6(火)に2023年10-12月期決算を発表し、いずれも市場予想を上回る好調となって、決算発表後の両社の株価は順調な上昇となりました。その後2月中旬からは両社の株価とも大勢横ばい圏での推移となっています。
イーライリリィは、730〜800ドルのレンジで横ばい圏の動きです。3月半ばから強含みとなった局面では、イーライリリィの肥満治療薬「ゼップバウンド」の新規処方件数が週間で初めてノボノルディスクの「ウゴービ」を上回ったと報じられたことが効いたとみられます。
一方、ノボノルディスクは3/7(木)に開催されたインベスターデーで、開発中の経口型の肥満治療薬候補「アミクレチン」の第1相臨床試験で、被験者の体重を投与開始12週間後に13.1%減らしたと発表して、同日に株価は9%上昇して史上高値を更新しました。
体重減少率は注射型よりも低いものの、経口型が開発できると利用しやすく需要が大きくなると考えられるため、市場が注目しています。ただ、「アミクレチン」の市場投入時期として語られたのは、「10年以内には余裕で可能」といったスケジュール感であるため、3/7(木)に上昇した部分はその後徐々に剥がれて、元の水準に戻っています。
年初来では4/15(月)までに、イーライリリィは29.0%、ノボノルディスクは20.6%の上昇となっています。
〇投資指標について(図表3)
予想PER(株価収益率)は今後の高い成長期待を背景に、今期予想EPS基準でイーライリリィが60.2倍、ノボノルディスクが37.1倍と、S&P500の医薬品・バイオテクノロジー指数の予想PERである19.4倍に比べてかなり高くなっています。
一方、再来期(2026年12月期)までの利益成長を勘案したベースでは、イーライリリィは30.7倍、ノボノルディスクは24.8倍まで低下する予想で、バブルによっておかしい株価形成がなされているわけではないと言えそうです。
ノボノルディスクに対してイーライリリィの予想PERが高いのは、(1)肥満治療薬でノボノルディスクが先行してイーライリリィが追いかけているため、今後数年の伸びはイーライリリィのほうが高いと期待されること、(2)主力肥満治療薬の臨床試験時に、イーライリリィのほうが効果が高いというデータが出ていることが影響しているとみられます。
また、テクニカルな要因として、ノボノルディスクはデンマーク企業でADRによる米国上場となっているため、米国株ファンドで組入できないものがあるのに対して、イーライリリィは米国企業のため、米国株ファンドでもグローバルファンドでも買えることが影響している可能性がありそうです。
アナリストによる目標株価の平均値は、両社とも現在値から9%程度上に設定されています。また、両社をカバーするアナリストの投資判断は、イーライリリィの場合は29名中22名が「買い」、ノボノルディスクの場合は10名中8名が「買い」と、「買い」の投資判断が優勢です。
図表2 イーライリリィとノボノルディスクの株価
注:最後のデータは4/16(火)です。
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
図表3 イーライリリィとノボノルディスクの投資指標
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
〇肥満治療薬業界の最近の動き
米国においてイーライリリィ、ノボノルディスクの肥満治療薬は品薄状態である、あるいは今年いっぱい品薄状態が続きそうだとの報道が散見され、潜在的な需要は供給を上回っているとみられます。
しかし、イーライリリィの「ゼップバウンド」、ノボノリディスクの「ウゴービ」ともタンパク質を主成分とする高分子のバイオ医薬品です。バイオ医薬品は細胞培養によって製造されるため、伝統的な化学合成による医薬品と違って、増産には専用の装置に加え、手間と時間がかかります。
両社とも製造能力が売上拡大の制約となっているため、製造設備の拡張が売上拡大の重要なポイントになっているとみられます。イーライリリィが昨年来発表した製造設備の拡張計画のリリースを図表4に集約しました。発表された投資額は約45億ドル(約6,800億円)に達します。ノボノルディスクについても、同様の製造設備拡張が行われています。設備拡張が売上増加とリンクしていることを留意してみていく必要がありそうです。
〇競合状況
肥満治療薬の市場はBloombergの調査部門ビジネス・インテリジェンスによると、2022年の25億ドルから2030年に800億ドル(約12兆円)の巨大市場になると予想されています。この市場の9割以上をイーライリリィとノボノルディスクが分け合うとすると見込まれていますが、ここに割って入ろうと世界の製薬大手が次々と参入を表明しています。
特に経口薬で効果が高いものが開発されると先行するイーライリリィ、ノボノルディスクの手ごわい競合となる可能性があるため、注意してみていく必要があるでしょう。
・アムジェン(AMGN)・・・開発中の「マリタイド」は、先行2社よりも頻度が少ない月1回の注射で減量効果があり、リバウンドが起きにくい治療薬を目指して開発を進めています。「マリタイド」以外に経口薬の開発も行っています。
・ファイザー(PFE)・・・経口型の肥満治療薬を開発していますが、昨年2つのタイプの薬で開発が中止されました。「ダヌグリプロン」の1日1回服用するタイプの開発を継続中で、初期データが2024年上半期に出てくると期待されています。
・英国のアストラゼネカ ADR(AZN)・・・昨年11月に中国のバイオ医薬品会社、誠益生物が開発する肥満症向けの経口薬「ECC5004」のライセンスを取得したことが報じられました。「GLP-1受容体作動薬」と同じクラスの薬で、第1相試験で効果を示しています。
・スイスのロシュ・・・昨年12月に肥満症治療薬の開発を手掛ける米カーモット・セラピューティクスを27億ドルで買収することで合意したと報じられました。カーモットは週1回注射で投与する候補薬「CT−388」を開発しています。
なお、最近日本のメディアで「内臓脂肪減少薬」として取り上げられている大正製薬の「アライ」ですが、有効成分のオルタリットが消化管管腔内で脂肪分解酵素リパーゼの活性を阻害して、食事由来の脂肪の吸収を抑制するものです。食欲中枢に作用する「GLP-1受容体作動薬」とは肥満抑制の作用機序が全く異なります。
「肥満治療薬」への注目が世間で高まっている状況を鑑みて、従来からある医薬品の周知を高めているようですが、一連の「GLP-1受容体作動薬」に対する強力な競合になることはないと考えられます。
図表4 イーライ・リリィの製造設備拡張計画リリース
※各種報道をもとにSBI証券が作成
イーライ リリィ(LLY) | 時価総額: 7,138億ドル | ||||
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決算期 | 売上高(百万ドル) (前年比) | 純利益(百万ドル) (前年比) | EPS(ドル) | ||
23.12 | 341 | 20% | 83 | 21% | 9.15 |
24.12予 | 414 | 21% | 113 | 36% | 12.46 |
25.12予 | 512 | 24% | 165 | 46% | 18.12 |
26.12予 | 611 | 19% | 219 | 33% | 24.44 |
株価(4/15): 750.77ドル | 予想PER(24.12期): 60.3倍 |
〇会社・事業概要
1876年創業の米国の医薬品大手です。インスリンの大量生産を初めて実現したことで有名で、ノボノルディスク同様に糖尿病と関係の深い会社です。糖尿病、がん、免疫が主力分野です。売上の25%を研究開発に投入する、研究開発重視の会社です。2023年12月期の売上構成比は、糖尿病治療薬が58%(うち、最新型の「マンジャロ」は15%ポイントを占めます)、がん治療薬が20%、免疫学治療薬が11%、神経学治療薬が8%、その他が3%です。
〇業績動向
10-12月期は最新型の糖尿病治療薬マンジャロや肥満治療薬のゼップバウンドがけん引して売上は前年同期比28%増(要因分析:価格が同16%増、数量が同11%増、為替が同1%増)、調整後EPSは同19%増と好調でした。生産能力が売上の制約になっていることから、米国ではインディアナ州など2拠点の生産能力拡大、ドイツで製造拠点の建設を行います。2024年12月期のガイダンスは、売上が404〜416億ドル、調整後EPSが12.20〜12.70ドルです。
肥満治療薬「ゼップバウンド」は昨年11月8日にFDA(米食品医薬品局)から承認が下りました。ノボノルディスクの肥満治療薬は既に2022年に投入されていますが、臨床試験のときの平均体重の減少は、「ウゴービ」が約15%、「ゼップバウンド」が約21%だったため、後発でも市場の期待が高くなっています。
ノボノルディスク ADR(NVO) | 時価総額: 5,588億ドル | ||||
---|---|---|---|---|---|
決算期 | 売上高(百万ドル) (前年比) | 純利益(百万ドル) (前年比) | EPS(ドル) | ||
23.12 | 337 | 35% | 124 | 56% | 2.76 |
24.12予 | 411 | 22% | 149 | 20% | 3.34 |
25.12予 | 493 | 20% | 179 | 20% | 4.12 |
26.12予 | 578 | 17% | 213 | 19% | 4.99 |
株価(4/15): 123.90ドル | 予想PER(24.12期): 37.1倍 |
注:デンマーク・クローネ建ての数値を米ドルに換算して表示(1DKK=0.14266USD)しています。
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
〇会社・事業概要
デンマークの医薬品大手で、米国市場にはADRで上場しています。1989年にインシュリンメーカー2社の合併で形成されました。糖尿病治療薬が主力で、他に肥満治療、希少疾患も手掛けています。2023年12月期の売上構成比は、糖尿病治療薬が75%(うち、「GLP-1受容体作動薬」53%ポイント、最新型の「オゼンピック」が41%ポイントを占めます)、肥満治療薬が18%(うち、最新型の「ウゴービ」が14%ポイントを占めます)、希少疾患治療薬が7%です。
〇業績動向
2023年12月期業績は、売上が前年同期比31%増(為替変動の影響を除いて同36%増)、EPSは同52%増と好調でした。「GLP-1受容体作動薬」の糖尿病治療薬が同48%増と伸び、肥満治療薬は同2.5倍と伸びました。最新型の肥満治療薬である「ウゴービ」は米国市場での販売拡大を背景に同5.1倍に増えました。
2024年12月期業績のガイダンスは、為替変動の影響を除くベースで前年比18〜26%増、営業利益は同21〜29%増の予想です。糖尿病治療薬の「オゼンピック」、肥満治療薬の「ウゴービ」とも需要が強いため、デンマークおよびフランスでの生産体制強化を表明しています。
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