世界のたばこ業界は、「iQOS」など加熱式たばこの登場によって大きな変革期を迎えているようです。これまでたばこの消費量が減少する中、値上げによって売上成長を確保してきましたが、世界的な大手企業は加熱式たばこなどの「リスク低減製品」で成長する可能性が出てきています。先行するフィリップモリスインターナショナルに加え、追いかけるブリティッシュアメリカンタバコ、日本たばこにも注目できるでしょう。
図表1:世界のたばこ企業大手
銘柄 | 株価(3/21) | 52週高値 | 52週安値 |
---|---|---|---|
フィリップ モリス インターナショナル(PM) | 113.49ドル | 114.65ドル | 86.78ドル |
アルトリア グループ(MO) | 75.93ドル | 76.55ドル | 59.48ドル |
ブリティッシュ アメリカン タバコ ADR(BTI) | 64.65ドル | 65.67ドル | 52.71ドル |
レイノルズ アメリカン(RAI) | 62.00ドル | 62.28ドル | 43.38ドル |
日本たばこ産業(2914) | 3,856円 | 4,837円 | 3,607円 |
- 注:レイノルズアメリカンはブリティッシュアメリカンタバコから買収提案を受けており、経営統合は当局の認可待ちです。
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
加熱式たばこは業界のゲームチェンジャー!? |
たばこ業界と言えば、喫煙者の減少が続いていることから成長には縁遠い業界と考えられてきました。しかし、フィリップモリスの加熱式たばこ「iQOS」の日本での成功により、成長できる可能性が出てきたことに注目が高まっています。
まず、世界のたばこ市場の現況を確認しておきましょう。図表2は、世界のたばこ消費上位5ヵ国の消費量の推移ですが、毎年着実に減少していることが確認できます。
米国、日本など先進国では年平均1〜3%のペースで減少している国が多く、一方、新興国では所得の上昇を背景に消費が増加傾向の国もありますが先進国の減少を補いきれず、全体としては若干の減少となっています。上位5ヵ国では過去5年間に、年平均0.9%の減少でした。
このような事業環境下で、たばこ企業は消費数量の減少を価格の引き上げで補って、小幅な増収・増益を確保するというのが典型的な業績のパターンです。世界的な合従連衡で価格設定力は強化されておりキャッシュフローが安定していることから、配当利回りに着目して投資するというのが株式市場での基本的な位置づけでした。
しかし、フィリップモリスが日本で導入した加熱式たばこ「iQOS」が市場シェアを5%近くに急拡大したことで、たばこ企業が配当利回りでなく、業績成長で買われる局面が来る可能性が想定されます。
加熱式たばこには多額の研究開発投資が必要なことから、市場シェアが上位に集中する可能性があり、規模の大きい企業に注目できるでしょう(図表3)。時価総額の上位企業では、フィリップモリスインターナショナル、ブリティッシュアメリカンタバコ、日本たばこがグローバルに展開しており、アルトリアグループ、レイノルズアメリカンは主に米国市場で展開しています。
図表2:たばこの消費量は漸減傾向が続く(中国を除くたばこ消費上位5ヵ国)
- 注:世界最大のたばこ消費国は中国で、2015年は24.8兆本と世界消費の4割超を占めますが、同国のタバコ市場は国営の中国煙草総公司(CNTC)がほぼ独占しているため、ここでは除いています。
- ※日本たばこのアニュアルレポートをもとにSBI証券が作成
- 注:世界の上場たばこ企業の時価総額上位10社です。
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
- ※フィリップモリスインターナショナル社開示資料をもとにSBI証券が作成
- 注:17年1Q、2QはBloombergのコンセンサス予想によります。
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。
図表3:シェアが上位に集中する可能性があり、大手企業に注目
加熱式たばことは? |
たばこに縁のない方もいらっしゃるでしょうから、加熱式たばこについてご説明しましょう。
加熱式たばこは、たばこの葉を燃焼させず、加熱によって蒸気(たばこベイパー)を発生させて、たばこの味や香りを楽しむものです。燃焼させないためタールなどの有害物質を9割低減すると言われ、喫煙による健康リスクが低減できると考えられています。
たばこの葉を使用する「加熱式たばこ」に加え、たばこの葉を使用せず液体を加熱して蒸気を発生させる「電子たばこ」を含めて、喫煙の健康リスクを低下する製品として「リスク低減製品」(Reduced-Risk Products)と呼ばれています。
有害物質のほかにも、副流煙が少ない、ニオイが気になりにくい、などのメリットがあることも、「リスク低減製品」を選ぶ喫煙者が増えている要因のようです。
実はこの加熱式たばこ、日本が以下にご紹介するグローバル大手3社の加熱式たばこがそろい踏みする壮大な実験場になっています。人口密度が高く、文化的に周囲への配慮が細やかなことで、世界のテストマーケットに選ばれているようです。
日本は世界のたばこ業界を占う上で重要な、最先端の動きを観察できる国と言えます。
【日本で展開されている主な「リスク低減製品」】
・iQOS(アイコス) ・・・ フィリップモリスインターナショナルの加熱式たばこ
たばこの葉をよって細長く成形したものにグリセリン類を含ませて、加熱するものです。燃焼はさせないものの、たばこの葉をブレードで直接加熱するためニオイはあり、JTのPloom TECHよりも通常のたばこに近いと言われます。日本を中心に世界の数ヵ国で展開しています。日本では14年10月に導入されましたが、全国展開を始めた16年初より供給が需要に追い付かず、品薄状態が続いています。
・Ploom TECH(プルーム・テック) ・・・ JTの加熱式たばこ
たばこの葉が詰まった専用のたばこカプセルを加熱して蒸気を発生させます。たばこの葉を使っているもののほとんど無臭のため、使用感は「電子たばこ」に近いとされます。17年2月現在、福岡市とオンライン限定で展開されています。会社計画によれば、17年6月には東京都内へ、18年上期に全国販売への拡大が予定されています。
・glo(グロー) ・・・ブリティッシュ・アメリカン・タバコの加熱式たばこ
通常よりも細くした紙巻たばこの「ネオスティック」を大きめの機器で全体的に加熱します。日本が最初の導入マーケットとして選ばれ、16年12月から仙台市でテスト販売を開始しています。
先行するフィリップモリス、追いかけるブリティッシュアメリカンタバコ |
加熱式たばこなど「リスク低減製品」で先行しているフィリップモリスについて見ていきましょう。
同社は「iQOS」を世界数ヵ国で展開していますが、主要な市場は日本です。日本では14年10月に名古屋市で限定販売を始め、15年9月から順次全国展開を開始しましたが、16年2月以降供給が需要に追い付かず品薄の状態が続いています。
そのような中で、16年10-12月期決算で「マールボロヒートスティック」の市場シェアの急拡大が明らかとなりました(図表4)。もし品薄でなかったら市場シェアはどこまで伸びていたのかということで、加熱式たばこなど「リスク低減製品」による業績成長の可能性に市場の注目が一気に高まったと見られます。
同社の16年10-12月期の売上は前年同期比9%増と、7-9月期の1%増から加速しましたが、全地域での値上げに加えて、日本での「iQOS」の伸びによりアジアの売上が27%増に加速したことが牽引しています(図表5)。同期に「iQOS」関連売上は3.4億ドル、全体の4.9%(消費税を除くベース)まで上昇しています。ヒートスティックの生産能力を16年末の年150億本から17年末に同500億本へ拡大する計画です。
フィリップモリスは「iQOS」によって以下の成長ストーリーを描くことができ、特に注目できるでしょう。
(1)「iQOS」への乗り換えはネットで売上増の可能性
通常の紙巻たばこと「iQOS」のヒートスティックは値段が同じであるため、マールボロの喫煙者がマールボロヒートスティックに乗り換えても増収にはなりません。しかし、「iQOS」の場合には機器の売上が加わります。16年の「iQOS」関係売上の22%は機器となっています。「iQOS」への乗り換えはネットで売上増となる可能性が高いと見られます。
(2)シェア変動の可能性
「リスク低減製品」が主流になると研究開発投資が必要なため、大手へのシェア集中が進む可能性が考えられます。「iQOS」の開発には30億ドルが投入されたとされます。グローバルに展開するフィリップモリス、ブリティッシュアメリカンタバコ、JTの世界シェアは59%ですが(中国市場を除く)、加熱式たばこの競争に対応できる規模のたばこメーカーは限られると見られ、上位へのシェア集中がさらに進むことが考えられます。
(3)米国での展開
同社は2008年3月に米国市場を担当するアルトリアグループと分離してできた会社ですが、「リスク低減製品」については、相互に製品を融通し合う契約となっています。「iQOS」では米国にも参入でき、昨年末に製品をFDA(米食品医薬品局)に申請して認可待ちとなっています。
たばこの「リスク低減製品」はまだ競争が始まったばかりで、様々な方式があることから、どの製品が消費者に受けるかまだ予断を許しません。しかし、フィリップモリスは「iQOS」以外に3つの違った方式の「リスク低減製品」の商業化を進めています。ここにも規模の優位性が見られます。
一方、英国のブリティッシュアメリカンタバコは、加熱式たばこでフィリップモリスに出遅れましたが、巻き返しに動いています。同社の加熱式たばこの「glo(グロー)」を16年12月期から日本の仙台でテスト販売を開始しています。また、17年1月には米国2位のレイノルズアメリカンに買収提案を行っています。従来より株式の42%を保有する先でしたが、加熱式たばこなど新しいタイプの製品展開には規模が重要になることが経営統合を目指す背景と考えられます。
フィリップモリスの株価の動きを見ると、「リスク低減製品」の成長を背景として株価は動きはじめているように見えます(図表6)。たばこ業界の変革の可能性に注目できるでしょう。