貴金属セクター分析~金利上昇と投機剥落リスクの複眼的考察
更新:2026/6/8
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA)
堅調に推移していた貴金属セクターだが、ここに来て変調の兆しが見えている。昨年後半以降、中国の投資家を中心に買いが入り大幅な上昇となっていたが、CMEが証拠金を引き上げるなどの対応を行ったことで急落、その後、イスラエル・米国のイラン攻撃を契機に株が調整する中で再び値を消し、現在は4,000ドル~4,800ドルでの推移となっている。金がここまで物色されるに至った経緯を振り返っておきたい。2000年初頭、「株との相関性の低さ」を背景に株の投資家が金をポートフォリオに組み込む動きが強まり、特に現物を裏付けとするETFの上場が中長期的な上昇のきっかけになったといえる。リーマンショックで一旦水準を切り下げた後、各国の量的緩和と財政悪化を受けた逃避資金の流入で2011年に当時のピークを付けるが、この頃の金価格は米10年実質金利との逆相関性が高く、実質金利でほぼ説明可能な相場であった。その後は、FRBの金融政策を受けて上下したが、大きな転換点となったのが2022年の宇露戦争開戦である。ロシアに対する欧米のドル決済禁止という制裁、すなわちドルを武器にする米国の動きに対抗し、中国を中心に外貨準備を金に振り向ける動きが強まった。この仕組みを理解した投資家が積極的に金を組み込むようになり、株との連動性を高めることとなる。しかし、2026年2月末に勃発したイスラエル・米国のイラン攻撃によってホルムズ海峡が封鎖され、原油価格が急騰、Brentベースで100ドルを超える状態が定常化しつつある。6月末に停戦があったとしても元の状態に戻るには1年以上を要するとの見方がコンセンサスとなり、原油高が各種コストを押し上げ、ほぼ世界中がインフレ圧力に晒される状況になった。
この結果、利下げを志向していたFRBですら年内の利下げ期待が後退し、市場参加者は利上げを意識、欧州や日本も利上げに踏み切るとの見方が広がりつつある。中長期の金利が上昇し、実質金利にも上昇圧力が掛かっている。2022年以降はこうした局面でも金価格が下落することはなかったが、足元では金利の上昇ペースが速く、金から債券へのシフトが起きているとみられ、金価格の上値が重くなってきている。ECBの見解では、外貨準備に占める金の総額は既に米国債を上回っているとされており、構造的な買いが一巡した可能性も意識される。
当面は、ホルムズ海峡情勢が金価格を左右すると見られ、比較的短いスパンでは下押し圧力が掛かることになるだろう。とはいえ、米国の信頼低下に伴うドル回避が進む一方、欧州や日本にはドルの代替となるほどの国債市場の規模がなく、当局が実質管理する人民元も同様に回避されることから、中長期的には、消去法的に金が物色される流れは続くと考える。ただし、外貨準備に占めるシェアの増加で構造変化が一巡しつつあることもあり、しばらくは上値の重い展開が予想される。
(出所:Bloomberg)
こうした金主導の地合いは、同じ貴金属セクターであるPGM価格にも短期的な下押し圧力として波及しやすい。WPICやJohnson & Mattheyの2026年見通しを元に投機取引を除く実質ベースの需給バランスを算出すると、プラチナが+43.3万オンス、パラジウムが+9.9万オンスの供給過剰が見込まれている(※投機需要も含めて供給不足とするWPICのヘッドライン数値とは定義が異なる点に留意)。加えて、主要用途である自動車触媒需要には下振れリスクが伴う。世界的な自動車販売の伸び悩みに加え、中東情勢の緊迫化(ホルムズ海峡リスク)による樹脂などの部材確保難が、自動車生産の足枷となる可能性があるためだ。ホルムズ危機を受けてEVが再び注目される可能性も踏まえると、実需面の弱さが価格の上値抵抗として意識されやすい環境にあるといえる。
以上を考慮すると、実需の供給過剰と実質金利の上昇により、PGM価格は当面、上値の重い推移になるだろう。もっとも、価格を大きく左右しているのは投機の動きであり、「株価の調整」「自動車生産の一段の下振れ」が下振れのトリガーとなり得る。逆に上振れ要因としては、中東情勢不安の解消による原油下落とそれに伴う金利低下、金利低下に誘引される株高が再び金価格を押し上げる構図が復活し、セクター内の循環物色を通じて価格が押し上げられる、といったあたりが想定される。いずれにせよ、ボラティリティの高い新常態においては、ポジション管理とリスク量の把握が一段と重要になる。ブロック経済化が進むなか、実需家・投資家とも複眼的な視点でのリスク管理が求められよう。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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