エルニーニョ×中東エネルギー危機が農産品・食料品価格に与えるリスク
更新:2026/4/15
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA)
2026年2月末の米・イスラエルによるイラン攻撃(Operation Epic Fury)に端を発するホルムズ海峡の事実上の封鎖と、カタール・Ras Laffan LNG施設の生産停止により、世界のエネルギー市場は構造的な供給障害局面に入っている。この状況に加えて、2026年はエルニーニョ現象の発生が見通されており、東南アジアや豪州をはじめとした主要農産物生産国で、農業生産への影響が懸念される。本稿では、エネルギー危機と気候変動が複合して食料・農業価格に与えるリスクを整理したい。なお、同様の複合危機として、2022年のロシアによるウクライナ侵攻に伴う食料危機が記憶に新しいが、後述の通り、今次の状況は代替調達の余地という観点で2022年比でより厳しい構造にある点が重要である。
エネルギー価格の高騰が農業コストに波及する経路として最も直接的かつ深刻なのは窒素肥料(尿素)への影響である。尿素の製造工程はメタン改質を用いるため天然ガスが製造コストの70~80%を占めており、足元、JKM(アジアのLNGスポット価格の指標)が3月上旬に20ドル/MMBtu台まで急騰している状況では、尿素の製造コストは従来比で大幅に上昇する可能性がある(原油ベースの長期契約の場合、LNG価格の変動は緩やかになるため、必ずしも価格が大幅に上昇する訳ではない)。2022年の欧州エネルギー危機においても同様に、欧州各地の窒素肥料プラントが相次ぎ稼働停止に追い込まれた前例がある。なお、米天然ガスは輸出キャパシティが十分ではないため、この状況でも価格が上がっていない。そのため、肥料価格にも影響があるが時間差を伴うものになるのではないか。
農家段階でのコスト増が施肥量の削減に繋がった場合、その影響が作物収量の低下として表れるまでには6~12ヶ月のラグが存在するため、食料価格への2026年の高LNG価格の影響は、2027年に本格反映されるリスクがある点に注意が必要である。なお、農薬・除草剤はナフサを原料とする石油化学製品であるが、日本のナフサ供給も先行き不透明であるため、石化コンビナートの稼働率低下が顕在化する可能性があることも大きな懸念材料である。
(出所:世界銀行、NYMEX)
加えて、日本農業固有のリスクとして燃料コストの急騰も看過できない。施設園芸(野菜・花卉のハウス栽培)では、冬季の暖房用重油・灯油が生産コストの2~3割を占める品目も多く、原油高が直接的に国内産野菜・果実の生産コストを押し上げる。トラクター・田植え機・コンバインといった農業機械は軽油を動力源とし、収穫後の穀物乾燥機も重油・灯油を大量に消費するため、作付けから出荷までのほぼ全工程がエネルギー価格の影響を受ける構造にある。原油価格に代表される輸入品の価格上昇は、決済用ドル需要の観点からもドル高圧力となり得る。輸入農産物は、外貨建てでのコスト増に加え、ドル高の影響を受けるだけでなく、国産農産物の生産コスト増という二重、三重の圧力が食料品価格に加わる点は、今次局面における日本固有の深刻な脆弱性と言えよう。
一方、エルニーニョは地域によってその影響が真逆となる点に留意が必要である。日本の主要調達先である東南アジア(マレーシア・インドネシア)では、干ばつリスクがありパーム油の減産が懸念される。同様に、日本の小麦輸入量の約30%を供給する豪州もエルニーニョ年は東部で干ばつのリスクがあり、日本向けの調達元である西豪州産小麦価格、場合によってはグローバルでの小麦市場価格に影響する可能性もある。また、砂糖の主要輸出国であるインドとタイについても干ばつリスクがあり、インドは2022~23年に砂糖の輸出規制を発動した前例がある。他方、米国中西部や南米(アルゼンチン)ではエルニーニョにより増産傾向となる年が多く、飼料用コーン・大豆については比較的安定した供給が見込まれるものの、過去にエルニーニョ年に北米が大干ばつに見舞われた事例もあり要注意ではある。過去の強エルニーニョ年(1997~98年、2015~16年)にはパーム油、砂糖、コーヒーなどに価格上昇圧力が掛かる局面が確認されている。これにエネルギーコスト増が重なる今次局面では、更なる増幅が生じる可能性は否定しない。
2022年型の食料危機と今次局面を比較した場合、決定的に異なる点は、「代替調達先への切り替えで解決できない」構造にある。2022年は、黒海産小麦・ひまわり油の供給途絶が主因であり、米国・カナダ・豪州産への代替が可能であった。加えて、窒素肥料コストの上昇はグローバルな現象であり、米国・カナダ・豪州産の農産物であっても生産コスト増の影響は免れないだろう。食料自給率がカロリーベースで38%に過ぎない日本にとって、円安進行局面が重なった場合の輸入食料価格上昇の増幅効果も看過できないリスクである。
以上を踏まえると、ホルムズ海峡が2026年4~6月以降に段階的に正常化する展開をメインシナリオとしても、天候リスクの具現が重なった場合、肥料価格の上昇なども重なって、食料品価格に幅広く上昇圧力が掛かるリスクが想定される。業種別には、畜産・酪農(飼料コスト急騰)と、外食・食品製造(川上コスト増・価格転嫁の遅れ)での業績への圧力が強まると予想され、引き続き動向を注視していきたい。また、我々個人への影響も当然予想される。食用油・小麦粉・食肉・乳製品といった家庭の基礎食材は、今次局面での価格上昇が顕著な品目と重なっており、メインシナリオでも食料品支出の負担増となる可能性がある。個人で飲食店を営む事業者にとっては、食材コストが売上に占める比率が大きい上に価格転嫁が困難なため、収益への打撃はより大きなものになるのではないか。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA) 檜垣 元一郎
1982年国際基督教大学教養学部卒。住友商事株式会社入社。1985年より穀物・油糧種子現物・先物取引に従事。2001年からはコモディティビジネス部で幅広い商品の価格リスク制御の提案業務を担当。
その後、香港投資子会社、ベルギーの現地法人の社長を歴任した後、2024年マーケット・リスク・アドバイザリーフェローに就任。
専門分野は農産物全般市場分析、排出権市場分析、商品デリバティブ取引全般。
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