ニッケル価格高騰~インドネシアの資源ナショナリズムと中国の供給網支配
更新:2026/2/5
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA)
14,000ドル台で低迷していたニッケル価格は昨年12月に急騰を始め、一時、指標の3ヵ月先渡し価格は19,000ドルを上回り、その後調整はあったものの18,000ドルを挟む展開となっている。これはニッケルの供給面の影響に拠るところが大きい。ニッケルの供給は、そのほとんどをインドネシアの生産動向が左右し、需要面は中国の動向が左右している。鉱山生産はインドネシアが圧倒的に多く、直近12ヵ月の生産量は269万トンと、世界シェアの65.7%に達している。
(出所:LME)
しかし、同国のニッケル鉱山の40%程度は青山集団などの中国資本に保有されている。そのため、インドネシアの実質的な国内シェアは40%程度にとどまり、世界シェアで見れば26.3%へと低下する。対して、世界シェア3.1%の中国の支配シェアは29.4%に達し、実質的な支配力は逆転する。インドネシア政府は、ニッケル鉱石が未処理のまま海外へ持ち出されることを防ぎ、国内産業を育成するため、未処理鉱石の輸出を制限し、国内での精錬設備建設を義務付ける規制を課している。これにより国内での製錬所建設が急速に進み、精錬品の世界シェアは50.2%となった。しかし、製錬所の75%程度が中国系資本による運営であるため、実質的な精錬品の世界シェアはインドネシアの12.5%に対し、中国が64.2%を占めることになる。世界最大の生産国は事実上中国であり、より正確には中国政府の意向を受けやすい企業群にサプライチェーンが掌握されている状態にあると考えられる。世界需要の65.3%が中国向けであることを考えれば、中国にとってニッケルのサプライチェーンを握るインセンティブは極めて高い。なお、中国国内におけるニッケル需要は、EV向け以上に不動産・建設向けが主用途となっている点に注意が必要である。
こうした中、2025年12月下旬、インドネシア政府は鉱山会社に対する年次作業計画の承認枠を、前年の3.8億トンから2.5億トンへと大幅に引き下げ、更新頻度も1年ごとに短縮する決定を下した。背景には、ニッケル価格の下落による鉱山会社の採算悪化を改善すること、環境基準を満たさない違法採掘の取り締まり強化、およびグリーン・ニッケルとしての付加価値向上を狙うなどが考えられる。しかし、この減産規模は世界供給の3割に相当する過大なものであり、仮に文字通り実施されれば、今年の需給は100万トン規模の記録的な供給不足に陥ると予想される。
この規模の減産断行は現実的には困難と見られていたが、1月にはVale Indonesiaの認可遅延による減産や、鉱山生産停止に伴い国内企業がライバル国であるフィリピンから鉱石を輸入するなどの混乱が表面化した。これを受け、供給不足懸念を材料としたニッケル価格の急騰を招いた。この価格上昇は、これまで需給緩和を前提にショート・ポジションを積み上げていた投機筋による、大規模な買い戻しによるところが大きい。インドネシア政府がこの規模の減産を決定したもう一つの背景には、米国から中国製ニッケル(バッテリー)と見なされ、IRA(インフレ抑制法)等の影響で販売ができなくなるリスクを回避するため、あえて生産を絞って国営企業や欧米企業のシェアを高めようとする政治的意図もあるのではないか。加えて、トランプ政権が120億ドル規模の戦略的鉱物備蓄計画を打ち出すとの観測もあり、これもニッケル価格の下支え要因として意識されている。
ただし、こうした混乱があってもなお、2026年の世界需給は20万トン程度の供給過剰が続くとの予想が多い。今回の規制で製錬所が稼働せず、製錬所運営企業の破綻や撤退などがあればそこに働くインドネシア国籍の従業員の失業に繋がるため、規制は年後半にかけてなし崩し的に緩和されるとみている。公式には規制を継続しつつ、何かしらの例外規定を設けて増産を容認するなどの措置が予想されるが、そのタイミングは年後半にずれ込むのではないか。一方で、需要面ではIMFが中国の2026年成長率を4.5%へと上方修正したものの、ニッケルの主用途である不動産・建設向け需要の構造的な弱さは解消されていない。規制の緩和が進み、供給の不安が後退すれば、実需の弱さが再び意識されることになる。その結果、価格は年後半にかけて再び下落に転じる可能性が高いと考えられる。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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