銀価格最高値更新
更新:2025/10/23
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA)
銀価格がとうとう50ドルを超えた。リーマンショック時に50ドルに迫ったときはあったが、結局50ドルは超えず、過去50ドルを上回る上昇になったのは、ハント兄弟事件のときに限られる。今回の価格上昇との比較をするため、少し歴史を振り返ってみる。
ハント兄弟事件は、OPECの原油価格コントロールが強まり、世界的にインフレ懸念が台頭、ドルの相対的な価値が低下する中で、ドル資産の価値の目減りを嫌気した石油王のネルソン・バンカー・ハントとその弟のウィリアム・ハーバート・ハント兄弟が、銀市場で買い占めを行い、銀価格が50ドルを上回る上昇となった事件(1979-1980年頃)である。通常、投機取引を行う市場参加者は、最終的にそのポジションを解消するときに利益を得るのだが、この事件はハント兄弟が保有した銀(現物を含めて1億オンスとされ、当時の流通在庫の3分の1に該当した)の買いポジションを高値で売り抜けて利益を確定しようとせず、実際に銀の現物を取得していた点が特殊である。
この結果、銀価格は高騰し、現物の確保も困難になったことからJ・アロン(現在のゴールドマン・サックスの商品部門)をはじめとするハント兄弟に対する売り手 は、取引所(COMEX)やFRBに働きかけてハント兄弟が保有しているポジションを反対売買して解消せざるを得ないようにルールを変更させた。この結果、ハント兄弟がポジション解消のために入れた売り注文で銀価格は暴落、最終的にハント兄弟が大規模な損失を被ることになった。ハント兄弟事件発生時の銀価格は短い期間で急騰し、その後、上記の当局の対応で下落して比較的短い時間で終結、約4ヵ月で銀価格は50ドルから10ドル台まで水準を切り下げた。
(出所:Bloomberg)
では今回はどうか。中東情勢、ウクライナ情勢不安、米前政権・現政権の武器としてのドル戦略が結果的にドルの価値を下げる形になっているが、この戦略は50年前の中東戦争、ニクソンショックによるドル下落と状況が非常に似ている。そのため、何らかの切っ掛けがあれば急落するとも言えるのだが、このときとはやや状況が違う。ハント兄弟事件のときは名前の通り、当局が対応する相手はハント兄弟という固有の市場参加者であったが、今回はETFの登場により世界の投資家が幅広く銀を保有しており、「個別の投資家に対する対応を取るような事案ではない」。また、価格上昇のベースにあるのが、金を外貨準備の軸に据えようとする中国などの反米諸国ないしは米国からのドルを用いた攻撃を回避しようとする国々の動きだが、この動きにまだ大きな変化がまだ見られないことを考えると、そう簡単に下落しないと予想される。
さらに、銀のリースレートも一時は40%に迫り、その後も20%台を維持している(本稿執筆時点)など、実際に現物が足りない状態になっていることも価格を押し上げる。リースレートが20%ということは、銀の借手が借りてきて直ちに市場で売却、20%以上価格が下落したところで買い戻す、ないしは借りた後に20%以上価格が上昇したタイミングで売却、借りたときのスポット価格よりも安いタイミングで買い戻す、といったある意味かなり大きなリスクを取る必要が出てくるため、現物が不足気味の現状ではいずれもかなり難しい取引となる。こうしたテクニカル面も価格をしばらく支えるだろう。
しかし、幅広く銀を保有している市場参加者の多くが投機筋であり、買いを入れている背景に株高があることもまた事実であり、今回、銀を購入している投資家も個人投資家を含めて幅広いが、銀を専門に売買している市場参加者ではないため、価格下落時にはパニック売りが加速しやすいことも全く否定できない。銀の需給バランスはSilver Instituteの春先の見通しでは、▲1億2,170万オンスの供給不足であるが、投機を除く需給バランスは3,930万オンスの供給過剰である。このことはセンチメントで価格が振れやすいということだ。なお、過去の例を見ると金よりも先に銀価格が下落するケースが多い。かなり割高になった金は既に短期的に買われ過ぎのゾーンに突入しているため、スピード調整があると予想されるが、その切っ掛けが銀価格の下落である可能性はあると見ている。
とはいえ、ハント兄弟事件以外で「金価格上昇を切っ掛けとして銀が上昇し、その後下落するケース」を見てみると、ハント兄弟事件ほどの上昇にはなっていないが、高騰前の水準に戻るには2年程度掛かっていることを考えると、しばらく高値での推移が続くと考えるのが妥当ではないか。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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