原油価格高止まりの背景~地政学の影響は小さくなく
更新:2025/9/22
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA)
原油価格はOPECプラスの増産や、米関税政策が各国景気にマイナスに作用するとみられる中でも下落せず、高い水準を維持している。原油価格の決定要因は複数あるが、重要度の度合いであえて序列を付けるなら、需要→供給→ドル指数動向→株価動向という順になるだろう。今のところ需要の指標の1つである世界経済見通しはIMFベースで今年〜来年は+3.0%、+3.1%成長であり、緩やかな回復が継続する見込みである。実質GDP成長は数量の増加に繋がるため、需要は増加することになる。通常、それに合わせて生産が増加するのだが、原油の場合は即時に増産ができるものでもないため、その時間差が価格を押し上げることになる。逆に景気が減速する場合は生産調整が遅れる(というよりも産油国の判断が遅れる)ため価格を押し下げることが多い。なお、在来型の油田の場合は生産量を減少させるのは比較的速やかに行えるが、増産してそれを維持するのはガス圧の調整といった技術的な問題が発生するため、時間がかかることが多い。
そして、これらの需要・供給見通しを基に投機筋が買うのか、売るのかを判断するため、その他の市場動向は価格に対する影響度合いは需給に比べれば比較的劣後する。なお、ドル指数が下落した場合「物質的に同じ価値のもの」を購入しようとした場合、より多くのドルが必要になるためドル建ての名目価格は上昇する。トランプ政権発足以降、既にドルは▲10%以上、減価しているため(原稿執筆時点)その分、原油価格が押し上げられてもおかしくない。
では、直近の需給見通しはどうか。主要調査機関である米エネルギー省の見通しを元にすると、今年〜来年に掛けて大幅な供給過剰となり、Brent原油も50ドル近辺まで下落するとしている。しかし、そこまで下落すると、産油国の財政均衡コストを大きく下回ることになるため、恐らく期待通りの増産にはならないと考えられる。仮に、上述の通り景気が今年から来年にかけて減速した後に回復基調に転じるなら、供給開始までの時間差が価格を押し上げると予想される。Brent原油で65−70ドルがコアレンジ(短期的なショック発生で上下に振れるリスクを織り込まない中心レンジ)ということになるだろう。
しかし、この通りとならないリスクは多数存在する。特にトランプ大統領がすぐに終らせることができる、と豪語していたロシアのウクライナ侵攻や、イスラエルによるガザ攻撃や周辺諸国への攻撃は全く終わる気配が見えない。いずれも重要な産油国・地域での戦闘行為であり、原油供給が途絶する可能性が出てくる。
なお、これらの地区からの原油供給が実際に減少している訳ではなく、これから発生するイベントリスク次第で供給が停止することが懸念される。このような状況の場合、特に現物を保有していない投機筋にショートポジションを積極的に保有することをためらわせるため、結果的に価格が押し上げられることになる。その発生確率を推定することは難しいが、停戦が無ければロシア産原油購入回避を米政権は主要国に要請することが予想される。ロシア産原油を最も購入しているのはインドと中国であるが、米国の制裁回避を視野にいれ、民間部門では調達先をロシアから変更する動きが出始めていると考えられる。
イスラエルを巡る中東情勢の悪化も、原油供給に暗い影を落とす。現在、ハマスの殲滅作戦としてガザ地区に地上軍が派兵されている状態だが、極右政党と連立を組むネタニヤフ首相はかなり苛烈な攻撃を周辺諸国に仕掛けており、アラブ諸国のみならず欧州諸国もこれに反発を始めている。仮に事態がエスカレートした場合、「イスラエルに協力する国に対しては原油を販売しない、ないしは原油価格を引き上げる」といった第1次オイルショック時と同じ政策が採用される可能性がある。事態が緊迫化した場合、ホルムズ海峡の封鎖よりもより現実的な手段になるだろう。また、足元の価格下落や関税の強化によって米国のシェールオイル生産者の原油生産の採算性が悪化していることも米国の増産を阻み、価格押し上げに寄与すると予想される。
逆に下落する場合は、先日みられたような米国の自動車のサブプライムローン提供会社の破綻、といった信用リスクの顕在化時である。特に株価がマイナスに反応した場合、レバレッジが逆に掛かるためリスク資産価格が大きく下落することは起こり得るし、過去にもそのようなケースは多数散見された。
世界景気が減速する可能性が高い中で、原油価格が上振れした場合、そのリスクは小さくない。現在、円建てのBrent原油価格はさほど下落しておらず、今後見込まれいてる米利下げによる日米金利差縮小で円高にシフトしてくれればよいのだが、日本の政情不安や長らく続いた量的・質的緩和の影響で円の水準はかなり円安にシフトしている。このことを勘案するとこのまま原油価格が下落すればよいが、想定よりも為替が円高に振れないリスクが出てくる。この場合、家計のみならず企業業績にも大きな影響を及ぼすことになろう。基本、インフレの世の中は「時間経過と共に価格が上昇する」ため、早めの対策が必要である。実際に問題が起きてからでは、打てる手は限られるため、市場変動に伴うリスク量の把握と上昇・下落時の対応は比較的平時のときに行う必要があろう。
(出所:ICE)
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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