株価動向から考える金価格の上値
更新:2025/9/9
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA)
貴金属セクターの上昇が顕著で、金は史上最高値圏で推移、直近ではスポットで3,508ドルを上回る水準まで上昇し(9月2日)、日中高値を更新した。安全資産需要と米利下げ観測、ドル安基調が追い風となっている。
金の顕著な上昇は、2022年のロシアのウクライナ侵攻後に導入された対露制裁で、主要銀行のSWIFT排除や対露ドル取引の厳格な制限が行われ、国際決済網の分断が進んだ局面から本格化した。同じ時期にFRBは利上げを開始したが、地政学・金融制裁リスクの高まりによって「インフレ以外の要因」が金の下支えとなった。近年の金需要では各国中銀の金購入が過去最高水準に達しており、価格の構造的押し上げ要因になっている。
インフレ以外の要因としては、宇露情勢や中東情勢に加え、米印関係の緊張(対印追加関税など)や、米政権の通商・金融政策に対する市場の不確実性評価が挙げられる。また、ベッセント財務長官やラトニック商務長官など、現政権の経済チームの方針は、市場におけるドル資産選好や金需要の感応度に影響を与える。米国のインフレ圧力は鈍化しつつあるものの、FRBの追加利下げ観測は実質金利を押し下げて金の基準価格(実質金利で説明可能な部分)を押し上げやすい。特にFRBの利下げ期待が高まる中では、市場参加者がテクニカル面で高値トライをする動機も重なり、最高値更新は起こりやすい。
では、金価格の「適切な最高値」はどの程度か?投機や超長期インフレヘッジを重視する投資家にとっては、現水準でも購入余地がある。一方、原油など生活必需のエネルギーは価格の絶対水準が需要に制約をかける「臨界点」を持つのに対し、金は消費財比率が相対的に小さく、価格上昇でも需要が急減しにくい。例えば宝飾品ではプラチナや銀などの代替品へのシフトが起こり得るが、機能素材として用いられている場合、置換は容易ではない。自動車の排ガス触媒でもパラジウムからプラチナへのシフトには技術・生産の観点から時間を要した。金の工業需要の面では、スマートフォンの接点部品などに使われる金は1台あたり約0.03グラムと少量である。日本の店頭金価格は直近で1グラムあたり1万7,500円前後で推移しており、1台あたりの金コストは概ね500〜530円程度となる。これは国内スマートフォンの平均価格水準(8万円超、総務省調査など)に照らせば、生産者が吸収可能な水準であり、少なくとも工業向け金需要が価格要因だけで大きく減少する蓋然性は低い。
同じ「インフレ資産」である株式(S&P500)との長期比較では、ニクソン・ショックやユーロ危機などの特殊な局面を除けば、超長期では金と株価のトレンドは概ね連動してきたとの見方が可能である。なお、2011年8月には米国債のS&Pによる格下げと、ユーロ危機の同時進行により、金が相対的に強含んだ特殊な状況が生じた。
(出所:CME、BP)
当社の回帰分析(1981年8月15日のニクソンショック以降)では、現在の金価格(原稿執筆時点)は回帰直線から+606ドル上方乖離している水準にある。過去、最も価格が回帰直線から上方乖離したのは、2011年8月の+1,199ドルで、上述の格下げとユーロ危機があった時である。
(出所:CME)
仮に今後、米国発の政策・地政学不確実性が再燃し当時と同等の乖離に達し、回帰直線からの上方乖離が過去最大となる+1,199ドルになったと仮定すると、原稿執筆時点の「株価に対応する回帰直線上の水準」は2,947ドルであるため上値の目処は4,146ドルとなる。ここまで上昇するには、米政権が中央銀行の中立性を毀損したり、関税が違憲とされて米財政の悪化懸念が意識されたり、中東・宇露の地政学的リスクが悪化するなどの材料が顕在化する必要があるが、これらのイベントリスクは発生の有無が明示できないため、その不安があるだけでも価格の押し上げ要因となる。一方、米関税問題の影響が見えてくる(管理可能な状態になる)や地政学リスクが沈静化すれば反落も予想されるが、回帰線水準の2,950ドルを明確に割り込むには追加の弱材料が必要になると考える。
株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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