金価格はしばらく上昇か
更新:2025/5/27
提供:株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA)
金価格は、2022年から始まったロシアのウクライナ侵攻に対する一連のアメリカの政策の結果、「逃避通貨」として物色され始めた。この数年で金の評価が変わった。別の言葉を使うと個人を含めた市場参加者の間で金の認知度が上がったことが影響しているといえる。今回の金価格の上昇は基軸通貨であるドルの価値の揺らぎや、オバマ政権時代から顕著に財政状況が悪化したことによる米国の信用が揺らいだことの影響が小さくない。
今年の金価格の上昇は、米トランプ政権が2025年4月2日の「解放の日」に大規模な相互関税方針を打ち出し、米国の信用力低下観測が切っ掛けとなった。これにより株なども暴落したため、さすがに事態を重く見た米政府が政策をやや修正したため、金価格は下落したが、再び上昇を始めている。
では、どこまで上昇余地があるか。最高値の目処に合理的な理由を見いだすことは難しいが、今回、仮にニクソン・ショック時と同様の水準まで「逃避通貨」として金が物色された場合の上値の目処を算出するため、ニクソン・ショック~アジア危機が終了したとされる1971年~2000年のリスク・プレミアムの金価格に占めるシェアの平均を求めた。結果は87.6%で、現在の実質金利で説明可能な価格を基準に金価格を逆算すると、7,300ドルとなった。ただ、この水準は地政学的リスクが発生せず「物価が2%で上昇を続けた場合」の40年後の価格である。また、2025年3月21日付けのレポート「金価格を押し上げる米政策の不透明感」で推定した「最も強気な株価予想を元にした金価格予想」は年末で4,300ドルだったが、これも同じ計算をすると15年後の価格だ。どれぐらいの時間軸でこの水準まで上昇するかがポイントになるが、値上がりのインパクト的には、仮にあったとしても4,300ドル程度までの上昇が限界なのではないか。筆者自身の相場観になってしまうが、近い将来、この水準を上回って上昇する可能性は低いと考える。また、ここまで上昇するには、現在の株式市場や米国債の信用が低下し続ける必要があるため、リスクシナリオの位置づけである。
ところが先日、Moody’sによる米国債の格下げが行われた。米国の財政状況が厳しさを増しており、トランプ政権が進める税制改革を行うと財政状況が更に悪化すると見られたためである。ただし、金価格の上昇は比較的限定された。というのもS&Pやフィッチなどは既に米国債の長期格付をAAA格からAA格に引き下げているため、今回の格下げは「これまでの格付会社の格下げを追認」するものと判断されたとみられ、価格への影響は限定されたと考えられる。しかし、仮にS&Pやフィッチなどが改めて格付の引き下げを検討した場合には、影響は小さくないだろう。今のところは格付会社も格付見通しは安定的としているため、更なる格下げを材料に金価格が上昇する可能性は低いとみられる。一方、米国の債務上限問題を臨時措置によって回避しているため、議会が債務上限を引き上げなかった場合、財務省の資金が枯渇するXデーが訪れる可能性がある。時期的には早ければ6月、遅くとも8月か9月がXデーとされている。もし、債務上限交渉が民主党・共和党の対立で揉めた場合、格付会社が米国債の格付をネガティブウォッチにする可能性も否定できない。ネガティブウォッチに入ると数週間から6ヵ月以内に格下げするか、ネガティブウォッチを解除するか、見通しを変更するといった判断を迫られることになる。この時に格下げがあるならば、金の逃避需要が増し、上述の上限を試す動きも想定される。上記の4,300ドルという数字が意識されてもおかしくはない。
足元、金価格に対する説明力が高いのは、トランプ政権の外交政策支持動向であり、これが評価されると地政学や貿易面での対立が低下して金の売り材料に、逆の場合は金価格の上昇要因となる。トランプ大統領はウクライナ・ロシアの戦争は数日のうちに終了でき、イランとの核合意にも自信を示していた。しかし現時点(2025年5月23日)では、米国はウクライナ・ロシア停戦の仲介から離脱することを示唆したほか、イランとの核合意もイラン側が核濃縮を止めるつもりがないと発言したことで、イスラエルがイランの核施設への攻撃準備を始め、仮にそうなればイランは反撃すると公表している。このような安全資産需要も金価格を押し上げることになるだろう。
もちろん、米国の更なる格下げもなく、ウクライナ・ロシアが停戦し、イランとも核合意に至り、関税問題も解消するならば、安全資産・逃避資産として金を購入する理由が低下するため、利息や配当が付く、債券や株式などにシフトして金価格が下落する可能性が高いだろう。このとき、足元の金価格はETFの管理残高と連動している。様々なニュースを材料に、市場参加者が金を売買しているが、その値動きをみるに、現時点で主に使われている主要な投資ツールが金ETFであると考えられる。このとき、どこまで下落する可能性があるかを考える上では、ETF市場にどのタイミングでエントリーしたかが重要になる。
グラフを見るに、1.トランプ大統領就任、2.各国に関税強化を決定した「解放の日」、以降に大きく価格が変動、ETFも残高が積み上がっている。仮に2.の水準まで下落すれば3,124ドルまで、1.の水準まで下落すれば2,703ドルまでの下落が有り得る。2.の水準は関税問題の終了、1.の水準までの下落は地政学などのリスクも解消した場合、などが考えられる。いずれもまだ解決していないため、一時的に金価格は上昇余地を試そうが、年末の落ち着きどころは3,000ドル程度になるのではないだろうか。

(出所:CME、Bloomberg)

株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー (MRA) 新村 直弘
1994年東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行入行、本店金融市場営業部でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。
バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券を経て2010年5月、企業向け価格リスク制御のアドバイスを専業とする株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。テレビ東京やNHK、日経CNBC等でコメンテーターを務める。
また日経新聞、週刊ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト等のメディアにも多数寄稿。
日本アナリスト協会検定会員、資源エネルギー学会会員
著書:
『調達・購買・財務担当者のための原材料の市場分析入門』(ダイヤモンド社)
『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)
『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)
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