旧ソビエト連邦構成国で、東にロシア、西にポーランドと接するウクライナ共和国をめぐる混乱が今、市場の注目を集めています。親ロシア派のヤヌコビッチ前大統領が昨年11月、EU(欧州連合)との包括的連合協定の調印を目前にその準備を凍結。それに反対して親欧米派の市民が、首都キエフで大規模なデモ・反政府運動を起こしたことが直接の契機です。2014年2月末、ついにヤヌコビッチ政権は崩壊(大統領は国外脱出を計画)しました。
そうした中、ロシア軍とみられる軍隊が、ウクライナ共和国内のクリミア自治共和国で主要空港を占拠したため、反対派や欧米が姿勢を硬化。一発触発の事態に陥りました。ロシアのプーチン大統領がウクライナへ侵攻する意図はないと表明したことから、市場も取り合えず、落ち着きを取り戻しています。しかし、ロシア軍によるクリミア自治共和国への実効支配が続いている上、米国のオバマ大統領のロシアに対する厳しい姿勢に大きな変化はないように見受けられます。事態はいまだ流動的と考えられます。そうした中、投資家は今後、どういった点に注意すべきでしょうか。簡単にまとめてみたいと思います。
ウクライナとロシア、それぞれの事情
ウクライナ共和国(図1)は、旧ソビエト連邦では、ロシアに次ぐ第2の大国(面積60万平方キロメートル・人口約4500万人)です。23年前、ソビエト連邦が崩壊した時に独立しました。首都キエフを含む西部は、ギリシャカトリックを信仰するウクライナ人が中心で、穀倉地帯であり、一方東部は、ロシア正教を信仰するロシア人が支配的な重工業地帯と、東西で大きく異なっています。このうち、西部は、ロシアによる「計画的飢餓(ホロドモール)」の悲劇的歴史を有し、ロシアへ強い反発感情を持っており、その分親欧米的空気が強いとみられます。
一方、ロシアはご承知のとおり、世界最大の面積を有する大国で、経済的には、石油・天然ガスなどの鉱物資源が、全輸出の約7割を占める(表1参照)資源大国です。このうち、天然ガスは世界トップ級の埋蔵量を誇っており、海外へ輸出されています。それを担うのが国策のエネルギー企業ガスプロムですが、同社の国別出荷実績をみると、ドイツ、ウクライナ、トルコ、ベラルーシなどが上位となっています。
ちなみに、米国ではシェール革命の結果、低コストで天然ガスや石油の生産が行えるようになり、同国は天然ガス・石油の多くを自国で賄えるようになりつつあります。そのあおりを受け、米国という行き場を失った中東産の安価な天然ガスが欧州に流入し、ロシアは痛手を受けることとなりました。さらに、ロシアから欧州への天然ガスの約80%がパイプラインでウクライナを通るとされますが、冒頭に述べた経緯もあり、ロシアとウクライナが時折対立することから、このルートの天然ガスは供給に大きな問題が生じるようになりました。近年、アゼルバイシャンからグルジア、トルコを通り、欧州へ天然ガスを供給するパイプラインも構築されようとしています。資源大国ロシアの天然ガス事業は曲がり角を迎えていた所なのです。
東欧へ拡大を続け、約4500万の人口と広い国土を有するウクライナを自陣に引き入れたい欧州(EU)の存在、旧ソビエト連邦構成国としてのウクライナが、EUになびくことを許容し切れないロシアの立場等、政治的な思惑の対立も無論大きいとみられます。しかし、ウクライナとロシアの問題は、天然ガス問題というエネルギー問題の側面が大きなウェイトを占めていることは確かだと思われます。
図1:ウクライナとその周辺
- ※フリー素材をもとにSBI証券が作成。
表1:ロシアの輸出データ
- ※ロシア連邦税関庁、JETROデータをもとにSBI証券が作成。
【メインシナリオ】ロシアの支援を受けて東部ウクライナが独立の方向/ただし衝突は回避
今後、ウクライナ情勢はどう展開するでしょうか。背景に、天然ガス事業を安定化させたいというロシアの思惑があるとするならば、ドイツ他の欧州諸国は天然ガスを購入する重要な顧客でもあります。軍事的対立等の結果、ロシアが欧州へ天然ガスを輸出できなくなることは、ロシアの利益にもなりません。このため、欧米及びウクライナ対ロシアが、軍事的衝突をする可能性は低いとみられます。ならば、世界の株式市場が最終的に大きな打撃を受ける可能性は小さいでしょう。
このまま、ロシアが何もせず、事態が収束することがベストシナリオです。ただ、ウクライナ経由の天然ガス輸送ルートが不安定なままであることも、ロシアにとっては許容できないため、同国はじわりじわりと、目立たないように、ウクライナ東部への実効的な支配力を強める可能性が大きいとの見方が有力です。クリミア自治共和国の実効支配もその一環と思われます。東部地域はもともと、ロシア人が多数派ですので、障害は少ないのでしょう。東部の反ウクライナ政府(現在は欧米派暫定政権)派住民に武器供与するなどして、次第にウクライナからの独立色を強めさせる可能性が大きいように思われます。このやり方ですと、表立って欧米もロシアを非難できない可能性が大きいでしょう。
このシナリオでは、直接的に戦争には至らず、当面は従来の天然ガス事業が継続するでしょう。ただ、欧米の天然ガス調達面でのロシア依存度引き下げの動きも続くでしょう。ロシアは新たな売り先を求め、日本との関係改善路線を進めると思われます。その意味では、日本の商社株・石油株・プラント関連は面白い存在と言えます。なお、このシナリオでは、原油先物価格やゴールドの上昇は限定的とみられます。また、外為市場で「ウクライナ」を理由に円高となる可能性も小さいでしょう。
表2:おもな天然ガス関連企業
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※BloombergデータをもとにSBI証券が作成。
弊社検索ツールで「天然ガス」と入力した時に、抽出される銘柄を羅列した。掲載銘柄の参考データを提供する目的で作成された表であり、銘柄の推奨を意図していない。なお、株価は2014年3月5日現在。騰落率は、2013年12月30日からの騰落率(%)。
【サブシナリオ】ウクライナ東部にロシア軍が侵攻
仮にウクライナ東部の実効支配が進み、実際に独立へと進んだ場合、問題はそこで事態が収まるかどうかです。いくら、ロシア系住民が多いとはいえ、工業地帯である東部の独立を、現在のウクライナ暫定政権が容認するかどうか微妙なところです。仮に、ウクライナ政府が、東部の分離独立を武力で鎮圧しようと試みるケースも想定されます。その場合、逆にロシアがロシア系住民の保護を名目に、クリミア自治共和国にとどまらず、ウクライナ東部全般に軍事侵攻してくる可能性があります。欧米の反発は必至であり、ロシアへの経済制裁が実施される可能性があります。
なお、ロシアでは3月7日から16日までの間、ソチでパラリンピックが開催される日程になっています。さすがにこの間、ロシアが軍事行動を起こす可能性は低いとみられます。逆に、それが閉会した後のタイミングは要注意です。
この場合、天然ガス価格が急騰しやすいことに加え、世界的に株価は下落するとみられます。外為市場では円やドルが買われやすく、ユーロが売られやすいとみられます。北方領土問題や日ロ平和条約の実現は大きく遠のくでしょう。この場合は、前述した商社など、天然ガス関連、ロシア関連企業に逆風が強まるでしょう。無論、原油相場は上昇し、ゴールドも買われる可能性があります。なお、こうした波乱をヘッジするには、日経平均プット・オプションの活用も選択肢になります。
さらに、侵攻してきたロシア軍とウクライナ軍が前面衝突することがワーストシナリオになり、この場合、世界の株価の下落はいっそう厳しいものになりそうです。反面、原油、ゴールド、ドル、円の上昇は加速するかもしれません。ただ、上記も含め、サブシナリオ以下のシナリオは、ロシア経済にとってもリスクが高いのが現実です。可能性としては低いと思います。
- ※上記実績は過去のものであり、将来の運用成果等を保証するものではありません。
- ※本ページでご紹介する個別銘柄及び各情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。