“米国債格下げ〜税制法案と連邦債務上限の狭間”
- 5/16の米国株式市場の取引時間終了後、米大手格付会社ムーディーズ・レーティングスが米国債の信用格付けを最上位「Aaa」から「Aa1」に引き下げた。米国債10年物の利回りは、時間外取引に当たる週明け5/19アジア時間で4.5%の節目を超えた。他の米大手格付け会社のうちS&Pグローバル・レーティングは2011年8月に、フィッチ・レーティングスは2023年8月に既に最上位から1段階引下げている。ムーディーズも2023年11月に見通しを最上位の中で「安定的」から「ネガティブ」に引き下げていた。その意味では今回の格下げは「織り込み済み」であり、米国株への投資に大きな影響を与えないと考えられるのだろうか?
- トランプ大統領が推進する包括的な税制法案は5/16、下院予算委員会で行われた採決で21人の共和党議員のうち5人が法案阻止に票を投じ、重要な手続き上の障壁を乗り越えることができなかった。造反議員は、@低所得者向け医療保険制度(メディケイド)の一層の削減と、A民主党が実施したグリーンエネルギー減税の完全撤廃の二点に同意しない限り、支持を見送る姿勢を示している。特に、@を巡っては調整が難航する可能性がある。
- 包括的な税制法案が可決されてトランプ政権の掲げる主要な政策に財源が確保されるとしても、米国の債務残高は現在36.2兆ドルと、1月に議会が設定した36.1兆ドルを上回る。財務省がデフォルト回避に向けて一時的措置を採る中、議会で連邦政府債務上限の引き上げまたは停止の措置を講じる必要がある。
- 今回のムーディーズによる米国債の格下げは、@金利上昇による借入コスト増加、A大規模な財政赤字の継続、B連邦議会における政治的対立などに伴う政治的な機能不全が理由として挙げられている。法案が通り、かつ、連邦政府債務上限の引き上げまたは停止の措置が採られれば、大規模財政赤字への懸念が深まる一方、法案が通らなければ政治的な機能不全が現実のものとなる。どちらに進んでも、格付会社による米国債への見方は厳しくなるだろう。
- S&P500株価指数は5/12以降、200日移動平均を超えて推移している。終値の200日移動平均で見ると、5/16の5759ポイントは、4/2の過去最高水準まであと3ポイントの水準だ。トランプ大統領の中東歴訪により、サウジアラビア、カタール、UAEの首脳から大規模投資の確約を引き出し、バイデン政権が定めた先端半導体の輸出規制についても友好的な中東諸国に対して緩和する方針を打ち出した。半導体関連を中心とした追い風は5/29発表予定のエヌビディア(NVDA)による決算発表近辺まで続く可能性は残される。ただ、それ以降は夏〜秋に向けて、S&P500が2022年と同様に、200週移動平均に向けて下落する可能性も見ておきたい。5/16終値の同200週移動平均は4712ポイントである。(笹木)
- 5/20号は、シスコシステムズ(CSCO) 、エレクトロニック・アーツ(EA) 、エンブラエル(ERJ) 、IBM(IBM) 、ヌー・ホールディングス(NU) 、レスメド(RMD)を取り上げた。
ウィークリーストラテジー
S&P500業種別およびダウ平均構成銘柄騰落率(5/16現在)
主要企業の決算発表予定
- 5月20日(火)パロ・アルト・ネットワークス、キーサイト・テクノロジーズ、ホーム・デポ
- 5月21日(水)TJX、ロウズ、ターゲット、メドトロニック
- 5月22日(木)オートデスク、インテュイット、ワークデイ、デッカーズ・アウトドア、ロス・ストアーズ、コパート、ラルフ・ローレン、アナログ・デバイセズ
主要イベントの予定
- 5月19日(月)
- 米アトランタ連銀総裁が開会のあいさつ、米ジェファーソンFRB副議長が基調講演−アトランタ連銀総裁が司会、米ダラス連銀総裁がパネル討論会で司会、米ニューヨーク連銀総裁が討論会で発言
- 米景気先行指標総合指数(4月)
- 5月20日(火)
- G7財務相・中央銀行総裁会議(カナダ・アルバータ州バンフ、23日まで)、米アトランタ連銀総裁が開会のあいさつ、米セントルイス連銀総裁が講演、米クリーブランド連銀総裁とサンフランシスコ連銀総裁が基調講演、アトランタ連銀総裁が司会、米グーグルの開発者会議「グーグル I/O」(米カルフォルニア州マウンテンビュー・オンライン併用:21日まで)
- 5月21日(水)
- 米アトランタ連銀主催の2025年金融市場会議が閉会
- 5月22日(木)
- 米ニューヨーク連銀総裁が基調講演、ECB議事要旨(4月開催分)
- 米新規失業保険申請件数(5月17日終了週)、米S&Pグローバル製造業・サービス業・総合PMI速報値(5月)、米中古住宅販売件数(4月)
- 5月23日(金)
- 米新築住宅販売件数(4月)
- 5月26日(月)
- メモリアルデー(戦没者追悼記念日)につき米国株市場休場
- Bloombergをもとにフィリップ証券作成
銘柄ピックアップ
シスコシステムズ (CSCO)NASDAQ 2025/7/31に2025/7期4Q(5-7月)の決算発表を予定
- 1984年設立。世界最大のコンピューターネットワーク機器開発会社で、ルーター、スイッチ、ワイヤレスLAN、アクセスポイント、IP電話、ビデオ会議端末、セキュリティ、ソフトウェアなど手掛ける。
- 5/14発表の2025/7期3Q(2-4月)は、売上高が前年同期比11.4%増の141.49億USD(会社予想 139-141億USD)、非GAAPの調整後EPSが同9.1%減の0.96USD(同0.90-0.92USD)。調整後粗利益率が同1.6ポイント上昇。2024年3月に買収したスプランクのクラウド関連の継続課金が利益面で貢献。
- 通期会社計画を上方修正。売上高を前期比5.0-5.4%増の565-567億USD(従来計画560-565億USD)、調整後EPSを同1.1-1.6%増の3.77-3.79USD(同3.68-3.74USD)とした。関税の影響による企業の裁量的支出縮小、および大型データセンター運営企業によるプロジェクト縮小の中でも、人工知能(AI)ソフトウエア急増に伴うクラウド・プロバイダーのネットワーク拡大が追い風となっている。
エレクトロニック・アーツ (EA)NASDAQ 2025/7/29に2026/3期1Q(4-6月)の決算発表を予定
- 1982年設立の娯楽向けソフトウェアメーカー。ゲーム機、PC、スマホ等向けゲームを開発し世界中で販売。FIFA、NBA、NFL、F1等幅広いスポーツ商標使用ライセンス契約を取得しeスポーツに注力。
- 5/6発表の2025/3期4Q(1-3月)は、売上高が前年同期比6.5%増の18.95億USD(会社計画:16.82-18.32億USD)、EPSが同46.3%増の0.98USD(同:0.65-1.00USD)。売上高からオンラインゲーム繰延収益の影響除く純受注額は8.0%増。2024年7月リリースの「College Football 25」のヒットが貢献。
- 2026/3通期会社計画は、売上高が前期比▲5%〜+0.5%の71-75億USD、EPSが同27-11%減の3.09-3.79USD。IOC(国際オリンピック委員会)は2024年7月、パリで開催の総会でIOC主催のeスポーツ大会「Olympic Esports Games」を新設することを決定。第1回は2027年にサウジアラビアで開催の予定。スポーツに強い同社ゲームに関するタイトルが採用される可能性が高く、報道が注目される。
エンブラエル (ERJ)NYSE 2025/8/5に2025/12期2Q(4-6月)の決算発表を予定
- 1969年設立のブラジルの航空機メーカー。世界3位の航空機メーカーでブラジル最大の輸出企業。民間航空機やプロペラ機、軍用機、ビジネスジェット機の設計、開発、製造、販売を行う。
- 5/6発表の2025/12期1Q(1-3月)は、売上高が前年同期比23.0%増の11.03億USD、非IFRSの調整後EPSが前年同期の▲0.069USDから▲0.400USDへ赤字幅拡大。3月末受注残は同25%増の264億USDと堅調。うち防衛向けが73%増の42億USD、経営者向けが66%増の76億USDと堅調に拡大。
- 通期会社計画は、売上高が前期比9-17%増の70-75億USD、調整後フリーキャッシュフローが同70%減の2億USD以上で従来計画据え置き。傘下で「空飛ぶ車」の電動垂直離着陸機(eVTOL)の設計製造を手がけるイブ・ホールディング(EVEX)は3月末時点のeVTOL受注残が9ヵ国・28顧客から2800機と世界有数。イブ社は売上未計上も、受注に基づく会社予想累計収益は最大140億USD。
IBM (IBM)NYSE 2025/7/23に2025/12期2Q(4-6月)の決算発表を予定
- 1911年設立。多様なコンピューターソリューションを提供。ストレージ製品やサーバー製品のほか、人工知能(AI)の「Watson」やクラウドサービス、IoT、アナリティクス、コンサルティング等も手掛ける。
- 4/23発表の2025/12期1Q(1-3月)は、売上高が前年同期比0.5%増の145.41億USD、継続事業関連の非GAAPの調整後EPSが同4.8%減の1.60USD。AI(人工知能)拡大を背景にソフトウェア事業が7%増収の一方、大型投資を手控える動きからコンサルティング事業とインフラ事業が減収だった。
- 通期会社計画は、為替変動の影響を除いた売上高が前期比5%増、フリーキャッシュフローが同6%増の135億USDと、従来計画を据え置き。2023年7月に提供を開始した法人顧客向けAI(人工知能)「ワトソンX」に伴うAI関連事業は3月末までの累計受注額60億USDを超え、1Qで10億USD増加した。大型データセンターのプロジェクトが縮小傾向も、AI関連需要は引き続き拡大が見込まれる。
ヌー・ホールディングス (NU)NYSE 2025/8/14に2025/12期2Q(4-6月)の決算発表を予定
- 2013年設立のブラジルのフィンテック企業。サンパウロ拠点に南米で個人・法人顧客にデジタル金融のプラットフォームを提供。バークシャー・ハザウェイ(BRK/B)が11.8億USDを保有(24年9月末)。
- 5/13発表の2025/12期1Q(1-3月)は、総収益が前年同期比8.6%増の32.47億USD、非IFRS調整後純利益が同37.0%増の6.06億USD。顧客稼働率が0.1ポイント低下の83.1%も、1稼働顧客当たり月間平均粗利益が6%増の9.9USD。さらに、3月末世界顧客数が前年比4%増の1.18億人へ拡大。
- 同社の競争優位性は物理的拠点を持たない低コスト構造により手数料を低く抑えて顧客に還元できる点にある。1Qの稼働顧客1人当たり月間平均収入が前年同期比5%増に対し、同月間平均コストは13%減と、規模拡大が利益率上昇につながっている。顧客の90%を占めるブラジルで5/7、政策金利が0.50ポイント引き上げられて14.75%(6会合連続引上げ)と、業績への追い風が続いている。
レスメド (RMD)NYSE 2025/8/1に2025/6期4Q(4-6月)の決算発表を予定
- 日足の始値と終値をローソク足で表示。「始値>終値 (陰線)」なら緑、「始値<終値 (陽線)」なら赤。
- 1989年設立。睡眠無呼吸障害、慢性閉塞性肺疾患(COPD)など呼吸器疾患の医療機器(CPAP)を取り扱う医療機器大手。相次ぐ買収でクラウド型ソフトウエア・ソリューション関連のSaaS部門を拡充。
- 4/23発表の2025/6期3Q(1-3月)は、売上高が前年同期比7.9%増の12.91億USD、非GAAPの調整後EPSが同12.7%増の2.37USD。睡眠・無呼吸障害の問題意識浸透が追い風。営業効率性とコスト削減への注力が奏功し、調整後粗利益率が1.40ポイント改善、営業キャッシュフローが44%増加。
- 2025/6期会社見通しは未公表。同社は、世界主要市場において睡眠時無呼吸症候群(医療機器必要)で10億人、派生市場のCOPDで4億8千万人、不眠症で8億人の患者(合計で約23億人)が存在すると見ている。COPDと不眠症に対しては在宅でのデジタル機器ソリューションが有効とみられる。継続課金でクラウド型のデジタル機器ソリューション拡大により、利益率の向上が見込まれる。
- 決算発表の予定は現地5/16現在であり、変更される可能性があります。
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